旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

ひとりの編集者の死

年が明け、仕事がはじまって間もない九日、新潮社の青木大輔氏からメールが入った。新年の挨拶の後につづけられた、短い文章に、ぼくはあっと驚いた。“……私の同期であり、友人だった、鳥飼拓志君が、五日に亡くなりました。私は仕事初めの七日に聞きました。…

おおあたり

「退屈ねえ。なんか面白い遊びない?」 あたしは夜更けのファミレスで、あけみとお喋りしてた。ドリンク・バーのジュースも、紅茶ももう飲み飽きて、かといって盛り上がる話題もない。 「そうねえ……」 あけみの表情が変わった。 「そうそう。最近、流行って…

モルグ街への道  豊津駅前すいせん堂

その街の名前を聞いただけで、ほのかな炎がぽおっと灯り、胸のうちが熱くなる。そんな不思議な火種と一緒に、地名を呑み込んだ、生まれてはじめての土地が 〝モルグ街〟だった。エドガー・アラン・ポー「モルグ街の怪事件」の〝モルグ街〟である。 *** ぼ…

上海 旋律の惑い

上海にいたわけではない。ほとんど赤道に近い、焼けつくように暑く、ちいさな街で、ぼくは一か月ほどを過ごしていた。そこは中国大陸からは、もう忘れられたような、旧(ふる)いチャイナタウンだった。その街の知り合いから、三日後に雅集(ヤージー)があ…

〝おばけのいる人生〟と〝おばけのいない人生〟

台湾で実際にこんなことがあった。ある中年の女性が、からだの具合がどうも思わしくなくなって、病院に出かけた。だが、どこも悪いところはない、と医者にいわれる。それなら安心だ、と、はじめは思ったが、体調は一向によくならない。全身の倦怠感、疲労感…

かみさまが通ってきた丘

丘をゆっくり登ってゆくと、巨大な葉を美しく開いた、〝扇芭蕉(おうぎばしょう)〟の木がみえた。英語では〝旅人の木〟(traveller's tree)や、〝旅人椰子〟(traveller's palm)と呼ばれる。マレーシアでぼくが大好きな木のひとつだ。〝旅人〟というネー…

パニーノのしあわせ

paninoはイタリアのサンドイッチ。paniniは、paninoの複数形。 *** アパートすぐ近くの〝イ・フラテッリーニ〟(I Fratellini / 兄弟)で、パニーノ ( panino )を買う。男ふたりの兄弟がやっていて、働くふたりで店のなかはほぼ一杯。とてもちいさな店だ…