旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

みしらぬ街のホテルを出て

丘の聖母教会

丘をゆっくり登ってゆくと、巨大な葉を美しく開いた、“扇芭蕉(おうぎばしょう)”の木がみえた。英語名では“旅人の木”(traveller's tree)、または“旅人椰子”(traveller's palm)と呼ばれる。ぼくがマレーシアで大好きな椰子の木のひとつだ。“旅人”という…

クライスト・チャーチ、マラッカ

マラッカには、歩いてわずか数分のところに、歴史的な教会が、壁だけが残された廃墟を含めて、三つある。ポルトガル人、そしてフランス人がかかわったカトリックの教会と、もうひとつは新教徒のオランダ人が建てた教会である。 この新教徒のクライスト・チャ…

ハリ・ラヤ

家族連れが和気藹々と乗ったプロトン・サガを横目にみながら、空港ハイヤーのメルセデスのマレー人運転手は、みずからも幸せそうにハンドルを握って喋る。 「明日(8/8/2013)はハリ・ラヤ。みんな家族揃って、それぞれの田舎へ帰る。だから、今日は一年で一…

マレー半島のハイウェイで

クアラルンプール国際空港からマラッカへと向かうハイウェイをメルセデスで飛ばしながら、ミニバスであくせくと移動していた、90年代のクアラルンプールをふと憶いかえす。このメルセデスは申し分なく快適で、それに比べて、あのころのミニバスは暑苦しく、…

クアラルンプール国際空港

マラッカを初めて旅したのは、1992年のことだ。だから、22年前のことになる。マラッカだけでなく、クアラルンプールも、ジョホールバルも、ペナンも、シンガポールも、マレー半島には、90年代初めから、繰り返し好んで出かけた。ぼくにとっては、世界のなか…

立体交差 フィレンツェ―マラッカ

さて、フィレンツェの旅は、“パニーノの幸せ”で終りを告げたわけではなく、この後もつづく。だが、ここで現実の時間として、8か月ものインターバルが入っているのは、旅のつづきを忘れたからではない。旅ではない側の、慌ただしさが増したからでもない。 187…

パニーノの幸せ

アパートすぐ近くの、I Fratellini (イ・フラテッリーニ / 兄弟)で、パニーノ ( panino / 丸形のちいさなパンでつくる、イタリアのサンドイッチ)を買う。男ふたりがやっていて(彼らが兄弟!?)、店のなかは身動きする二人でほぼ一杯という、とてもちいさ…

アルノ川と恋人たち

ポンテ・ヴェッキオ(Ponte Vecchio / 古い橋 ) は、いろいろな意味で、フィレンツェを象徴する橋だ。ジォットの一派によって設計されて、アルノ川に架けられたのは、1345年のこと。その名のとおり、とても古い。 橋のうえでは、もとは肉屋や鍛冶屋がちいさ…

ベアト・アンジェリコ

朝食は、焼きたてのサウシッチャに、ブレザーオラ、サラミ・ミラノ(Salame Milano / ミラノ風サラミ。最も一般的で、イタリアのみならず、世界各地に普及している)、イタリア野菜とトスカーナ風ペコリーノ・チーズのサラダに、パーネ・トスカーノ(pane to…

アマトリチャーナ

パスクアで多くのレストランが休みなので、思いついて、アパートのキッチンでパスタを料理してみる。アマトリチャーナ(amatriciana)をつくってみよう。材料は、瓶詰めのトマト・ソース、にんにく、パンチェッタ(pancetta / 豚ばら肉の塩づけ)、オリーブ油…

パスクア

朝、聞き覚えのある太鼓のロールが遠くから聞こえてくる。アパートの窓をがちゃりと開けると、待ちに待ったこの日を祝うように、昨夜のパレードから勢いも陣容も増して、メディチ家の紋章旗を振り、太鼓を叩き、大勢のひとたちがパレードしている。パスクア…

復活祭前夜

フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅からほど近いトラットリア(trattria / 食堂。より格が高い店がristorante、居酒屋を兼ねる食堂はosteria) “I due G” で、ディナー。この旅で二度めの、ビステッカ・アラ・フィオレンティーナ(Bistecca alla Fio…

ピサ

朝起きて、窓を開ける。このアパートの窓は、一番外側に日避け扉、真ん中に分厚い木枠に支えられたガラス扉、そのガラス扉の内側にガラスを覆う板扉、と三重の扉の構造になっている。日避け扉だけが建物の外側に向けて開き、ガラス扉は、板扉を抱えながら、…

ドルチェとピッカンテ

教会の鐘が毎朝六時に、六つ、鳴リ響く。それが夜明けの最初の鐘の音だ。その深い響きわたる音で、心地よく目覚める。夜のうちに雨が降ったようで、窓を開けると石畳が、しっとりと濡れている。石畳の道には、実にさまざまな表情がある。雨に濡れた石畳は、…

サンタ・マリア・デル・フィオーレ

朝はイタリアの腸詰め、salsiccia(サルシッチャ)を焼く。ソーセージの仲間だが、加熱処理をせず、豚肉の粗ばら切りを生のままで香辛料とともに腸詰めにしたもので、スーパーなら必ず手に入る。しかも、安い。METAで買ったものは、1パック1.32€(158円)。朝…

カンパニーレ・ディ・ジョット

メルカート・チェントラーレとアパート近くのスーパーMETAで買った食材で朝ご飯。トスカーナの塩なしパンに、プロシュート、トスカーナ風サラミ、スモーク・チーズに、トマト、イタリア野菜とツナとすりおろしたトスカーナ風ペコリーノ・チーズのサラダ、シ…

メルカート・チェントラーレ

早速、ドゥオーモとFirenze S.M.N.駅(フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅)との真ん中あたりにある、Mercato Centrale(メルカート・チェントラーレ / mercatoは「市場」、centraleが「中心の」で、「フィレンツェ中央市場」)へと繰り出す。 イタリ…

フィレンツェ

懐かしいフィレンツェに着く。アメリゴ・ヴェスプッチ空港を出たタクシーが十数分ほどで旧市街地に入ってゆくと、当然のことだが、15年前と何も変わらぬ、街の景観が目に入り、心からほっとする。チャイコフスキーは、ひとときフィレンツェに暮らし、「フィ…

アメリゴ・ヴェスプッチ空港

ルフトハンザのシティライナーはアルプスを越え、イタリアのアメリゴ・ヴェスプッチ空港に着陸。アメリカの名の起源となった、ヴェスプッチは、フィレンツェ共和国時代の、15世紀から16世紀にかけてのフィレンツェ人で、メディチ家に仕えたことから、ポルト…

フランクフルト

2013年の旅はフランクフルトから。ルフトハンザの巨きな飛行機から、ちいさなシティライナーに乗り継いで、南の欧州小都市へ。雲海から頂をみせるアルプスと、地球が球であることを示す地平線、宇宙へとつながる空の濃紺が美しい。

上海を想うチャイナタウン

上海にいたわけではない。ほとんど赤道に近い、蒸し暑く、ちいさな街で、ぼくは一か月ほどを過ごしていた。そこは中国大陸から、もう忘れられたような、旧いチャイナタウンだった。その街の知り合いから、三日後に雅集(ヤーチー)があるから来ないか、とい…

キナバタンガン川、ボルネオ・サバ州

ボルネオのキナバタンガン川流域を旅してきた。息子とともに、川沿いのジャングルで、ハンモックを吊っての野営。この春のことで、帰って来てから、アルフレッド・ラッセル・ウォーレスの「マレー諸島」を読み返していて、いろいろな発見がある。ウォーレス…

トゥルニャン、バリ島

石をみかけることが、めっきり少なくなった。もちろん、山のなかや、河原にでかけてゆけば石はいくらでもあるだろう。だが、ほんの少し前までは、そんなところまで出向いてゆかなくとも、道端にごろごろと石は転がっていた。 今の日本の町中には石はない。石…

ライデン、オランダ

誰だって、はじめてでかけた外国の風景、そこで起こった出来事は忘れない。ぼくの場合、それはオランダだった。 ぼくはまだ二十代のはじめで、ある月刊誌の新米編集者として働いていた。その雑誌の仕事での、突然の海外出張だった。当然ながら、オランダにつ…

旧東京音楽学校奏楽堂、上野

いったい、今、ほんとうはどこを歩いているのか。自分の足が踏みしめているはずの場所と時間が、実感として、さっぱりわからない。道筋とか、街並みの錯覚といった、ちいさな混乱ではない。……今、地球のうえの果たして、どこにいるのか、……どの時代を歩いて…

首里、沖縄

首里の街の裏通りを歩いていて、ただ沖縄の古い家のことが知りたくて、なんの伝てもあてもなく、通りすがりに古い赤屋根の民家を訪ねたところ、その家のお祖母さんが亡くなられた直後で、まだ座敷に遺体が安置されていたことがあった。 ぼくは慌てて、その家…

ウブド、バリ島

バリ島のウブドという街の外れにあった、バティック屋でのことである。 バティック(batik)というのは、インドネシアではどこでもみられる、美しい染物のことで、日本では“ジャワ更紗”と訳されてきた。色合いも鮮やかで、伝統的な意匠を染め込んだものが多…

クチン、ボルネオ・サラワク州

ぼくはボルネオ島北西部の東マレーシア、サラワク州都クチンの、サラワク河のほとりのホテルに滞在していた。そのホテルをべース・キャンプにして、ジャングルの奥まった場所にある、先住民族たちが暮らす村への一、二泊の旅を繰りかえしていた。 先住民族た…

香港、蘭桂坊(ランカイフォン)

湾仔(ワンチャイ)のちいさな窓からみえる数千もの窓辺では、相変わらずの奇(あや)しい仕草で、光と影が揺らめいている。いろいろなものが、この光と影のなかに混じりあっているのだろう。それが都会というものなのかもしれないとも想う。 ぼくはマンショ…

京都、貴船神社

叡電(えいでん)の貴船口(きふねぐち)でひとり降りると、山の冷気がそっと頬を撫でてくる。山のなかの駅はプラットホームを除けば、まるで堀っ建て小屋のような切符の販売機の後ろに、駅員がひとり隠れるように籠っているだけである。遂に、貴船の神様に…