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旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

252階のチャンドラと173階のミミ

煩く電話が鳴っている。 チャンドラはベッドサイドの起床スイッチを押した。部屋のなかに薄ぼんやりと明かりが点り、壁のスクリーンが開いて、ちいさな手鏡ほどの大きさの丸い窓があらわれた。チャンドラは寝ぼけ眼を擦りながら、二百五十二階の窓の外の光景…

乃木坂にやってきたリチャード・ワイルド

乃木坂の地下に、蝙蝠(こうもり)がこもる洞窟のようにしてつくられた、あまりひとけのないバーの片隅で、私はひとり酒を飲んでいた。 木目が飴色になった八人がけアンティーク・テーブルに、私は座っていた。カウンターには二、三人の客がいたが、私の他に…

竹湾酒店(ポウサダ・デ・コロアネ)で薔薇色のワインを撒く毬奈

竹湾に打ち寄せてくる波の音を聞きながら、毬奈はほんのりと顔を赤らめて、ひとりぼんやりと海を眺めていた。ようやくひと心地ついたという感じだ。こんな地の涯てのホテルにしては、たっぷりとひろいバルコニーに、エクステリアの真っ白なテーブル、そして…

庭のブランコに揺られるマリ

マリという名は母がつけたものだ。そう聞かされて、幼いマリは育った。父はフランス人のようだといって、最後まで抵抗したらしい。けれども、母が押し通してしまった。生まれてくる赤ちゃんが男の子だったら、父が名前をつけ、もし女の子だったら母がつける…

香港の鳥女

鳥女をヴィクトリア・パークのテントのなかでみてから数日がたった。そして一九九六年の大晦日がやってきた。 ぼくは尖沙咀(チムサーチョイ)の香港文化センターで催された、香港フィルハーモニー・オーケストラのウィンナ・ワルツの演奏会にでかけた。香港…

おやすみの挨拶を交わすチリ

「よくここまで、やってきたわね」 チリはきれいな声でぼくにささやきかけてきた。でも、音はきこえない。心に直接訴えかけるような不思議なしゃべりかただ。ぼくは、はあはあと息をしながら、小屋の床にすわりこんだ。 「あなたはいったい何者なんですか?…

“ピアノのもと”を弾くウィリアム・ケアリー

「馬鹿だな。これはチェロじゃないさ。“チェロのもと”なんだから」 おれにはなんのことかわからなかった。やがて、はじめにおれの名を呼んだ男が、また叫ぶようにいった。 「こいつはどうも話がわからんようだ。ウィリアム・ケアリーを呼んでこい!」 笑い疲…

銅鑼湾(コーズウェイベイ)の居酒屋で飲む林襲(ラムチョップ)

「ラムチョップっていうのはね、私の名前なの」 鬼沢はますますわけがわからなくなって女をみた。とにもかくにも日本人であるらしいことが、救いだった。 「ラムさん?」 「ええ。香港ではね。日本ではハヤシシュウ。森林の林に、襲うって字。広東語読みをす…

“大当たり”を教えるあけみ

「退屈だなあ。なんか、面白い遊びない」 「そうねえ。……“大当り”って知ってる? 携帯の裏サイトというか、裏アドレス」 あたしたちは夜更けのファミレスでお喋りをしてた。あけみは財布のなかから、もう何人もの手を渡ったようにみえる、ぼろぼろになった、…

アマンがドアをノックする

ホテルのドアがノックされ、私が開けると、アマンが立っていた。彼は不思議な顔をして、じっと私をみつめた。私が妹と似ているから、驚いているのだろう。ここで疑われてはどうにもならないから、私はわざと妹とそっくりの髪形にして、はるばるクアンタンま…

荻窪で原稿を書き上げた林馨(はやしかおる)

もう夜中の二時を回っていた。それこそ、どこからか鬼があらわれてきそうな時刻である。馨は大きく伸びをすると、原稿データをまるでいけすかないが、尊敬には値する老人が、ひとりで仕事をしているであろう青山のマンションへと送信した。そして冷蔵庫から…

香港での老林(ラオリン)との別れ

「あんたはわしの話を聞き過ぎたのかもしれん」 老林は思案深げに、そして慈愛をこめたまなざしで、私の顔をみつめてから、ゆっくりと口を開いた。 「どうする?」 老林は私をじっとみつめながら訊いた。 「この街に残るなら、残ってもいいぞ」 「いえ」 私…

C.C.Resort について

このC.C.Resortsは、広大な敷地をもち、海も、山も、ジャングルも、ビルディングもあります。ここは物語の登場人物たち(Characters)が、お喋りしながら、そぞろ歩いている、彼らのための円環をなす(Circular)楽園(Resort)です。ちょっと立ち止まり、耳…