旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

書店員の朝……青山ツインタワービル、流水書房青山店(1)

わずか一か月ほどだったが、書店員として、働いたことがある。一か月など、働いたうちに入らない、といわれれば、それまでだ。だが、毎朝、まだシャッターの閉まった店に出勤し、厚手のエプロンを身につけ、新しい本と雑誌に囲まれて、朝から晩まで働いた経…

“おばけのいる人生”と“おばけのいない人生”

台湾で実際にこんなことがあった。ある中年の女性が、身体の具合がどうも思わしくなくなって、病院にでかけた。だが、どこも悪いところはないですよ、と医者にいわれる。なら安心だ、とはじめは思ったが、やはり、体調は一向によくならない。よくならないど…

旧東京音楽学校奏楽堂、上野

いったい、今、ほんとうはどこを歩いているのか。自分の足が踏みしめているはずの場所と時間が、実感として、さっぱりわからない。道筋とか、街並みの錯覚といった、ちいさな混乱ではない。……今、地球のうえの果たして、どこにいるのか、……どの時代を歩いて…

紅楼夢のこと

この世に、終わらぬ宴(うたげ)はない。飲み干せぬ酒樽もなく、静寂に帰らぬ管弦すらもない。美男も、美女も、老いさらばえる。今、ここにある、官能の悦びに身を捧げても、後が空しいだけ。……その隘路(あいろ)を抜け出すためには、読み終わることのない…

イカとタコが、好き

もの心がついたときには、イカとタコが好きだった。そのものを意識する前に親しんでいた。タコ焼きとイカ焼きのせいである。 タコ焼きは店で買ってくるだけでなく、家でも専用の穴ぼこの鉄板で焼いた。七、八歳にもなれば、日曜の昼飯などに、ぼくは父親と一…

おやすみの挨拶を交わすチリ

「よくここまで、やってきたわね」 チリはきれいな声でぼくにささやきかけてきた。でも、音はきこえない。心に直接訴えかけるような不思議なしゃべりかただ。ぼくは、はあはあと息をしながら、小屋の床にすわりこんだ。 「あなたはいったい何者なんですか?…

いつか宇宙を征服できますか?

できません。人類の知性が宇宙をすべて理解する日もやってきません。論理的に考えれば、自明です。できることは、宇宙を征服した気持ちになる、宇宙をすべて理解したつもりになる、ことだけです。もし、人類の存在が、宇宙の存在に先んじているのなら――人類…

ブナガヤ(きじむなあ)をみつけた古書店……高円寺、球陽書房

球陽書房は、高円寺にある、ちいさな古書店である。 ぼくは学生時代の四年間、西荻窪の学生寮に暮らした。そして、中央線沿線、ことに中野から吉祥寺辺りの間を、自分たちの庭のようにして、うろついていた。あてもなく歩いているうちに、ひと駅、ふた駅、越…

卵をうんだニワトリの

卵をうんだニワトリの 母さんうまれた卵をうんだニワトリの 父さんうまれた卵をうんだニワトリの ばあさんうまれた卵をうんだニワトリの じいさんうまれた卵をうんだニワトリの 卵を焼いたら、きれいなきれいな目玉焼き 卵をうんだウミガメの 母さんうまれた…

首里、沖縄

首里の街の裏通りを歩いていて、ただ沖縄の古い家のことが知りたくて、なんの伝てもあてもなく、通りすがりに古い赤屋根の民家を訪ねたところ、その家のお祖母さんが亡くなられた直後で、まだ座敷に遺体が安置されていたことがあった。 ぼくは慌てて、その家…

“ピアノのもと”を弾くウィリアム・ケアリー

「馬鹿だな。これはチェロじゃないさ。“チェロのもと”なんだから」 おれにはなんのことかわからなかった。やがて、はじめにおれの名を呼んだ男が、また叫ぶようにいった。 「こいつはどうも話がわからんようだ。ウィリアム・ケアリーを呼んでこい!」 笑い疲…

ウブド、バリ島

バリ島のウブドという街の外れにあった、バティック屋でのことである。 バティック(batik)というのは、インドネシアではどこでもみられる、美しい染物のことで、日本では“ジャワ更紗”と訳されてきた。色合いも鮮やかで、伝統的な意匠を染め込んだものが多…

誠品好讀インタビュー

Q1/妖怪にまつわる場所を訪ねはじめたきっかけを教えてください。 きっかけは台湾です。だから、こうした問いかけが台湾から届くのも、縁がある感じがします。八十年代に台湾へでかけて、台湾の文化事情や、若者を取り巻く事情を、日本の若い読者に伝える…

一つ目小僧がやってきた

一つ目小僧がやってきた。 あたりをみまわし、やってきた。 音もたてずに、やってきた。 一つ目小僧が穴からのぞく。 竹輪の穴から、むこうをのぞく。 竹輪のむこうの、魚をのぞく。 三つ目小僧がやってきた。 ねむい目、こすってやってきた。 あくびしなが…

ふしぎうたについて

ぼくが小学生のころ、どこの誰がつくったともしれぬ、こんなうたが子供たちの間で、盛んに歌われていました。“生まれたばかりのばあさんが、七十五、六の孫つれて、底なし沼に飛び込んだ……”。この、ばあさんの、底なし沼への飛び込み事件を発端に、うたはふ…

クチン、ボルネオ・サラワク州

ぼくはボルネオ島北西部の東マレーシア、サラワク州都クチンの、サラワク河のほとりのホテルに滞在していた。そのホテルをべース・キャンプにして、ジャングルの奥まった場所にある、先住民族たちが暮らす村への一、二泊の旅を繰りかえしていた。 先住民族た…

香港、蘭桂坊(ランカイフォン)

湾仔(ワンチャイ)のちいさな窓からみえる数千もの窓辺では、相変わらずの奇(あや)しい仕草で、光と影が揺らめいている。いろいろなものが、この光と影のなかに混じりあっているのだろう。それが都会というものなのかもしれないとも想う。 ぼくはマンショ…

うまいものをつくるには?

たぶん、三つのやり方があります。段階的に。 まず心底からほんとうに好きなもの――どんな遠い土地にでも、どんなに値段の張るレストランにでも出かけて、“食べたい!”と思う料理――を、自分の手でつくること。もちろん、すぐにはできません。でも、それがほん…

京都、貴船神社

叡電(えいでん)の貴船口(きふねぐち)でひとり降りると、山の冷気がそっと頬を撫でてくる。山のなかの駅はプラットホームを除けば、まるで堀っ建て小屋のような切符の販売機の後ろに、駅員がひとり隠れるように籠っているだけである。遂に、貴船の神様に…

セントラル・パークの南、ニューヨーク

セントラル・パークから南へと出たところで、赤茶けた旧(ふる)いビルがあった。車寄せの屋根が五つも連なっていて、いやに大仰で、しかもその屋根の上では巨大な星条旗がひるがえっている。 ぼくははじめ老舗の中級ホテルかなにかだろうかと思いつつ、凍え…

亜圍旅社について

亜圍旅社(あいりょしゃ/ヤーウェイ リューショー)は、世界各地の街角や、ホテルや、店や、遊園地や、バーなどをつなぐ、隠された“旅の宿”です。亜圍という街の、表通りの一画にあり、このような名がつけられました。英語名はThe Hotel Encircled with A. …

ピアノ・レッスン

三つの物語と音楽の秘密ピアノ・レッスン (角川ホラー文庫)作者: 林巧出版社/メーカー: 角川書店発売日: 2007/05メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 18回この商品を含むブログ (6件) を見る ピアノという楽器には、どんなひとでもそれぞれの思いを胸に秘めて…

いい旅って?

たぶん、旅にはふたつの種類しかない。きらきらとした輝きに包まれた旅と、倦怠と疲労に埋もれた旅。それはホテルの部屋の善し悪しや、飛行機や列車の乗り換えのタイミング、すれ違った外国人の優しさ、冷たさ……なんかとは、全然、関係がない。ふたつの旅は…

小説を書くときに最も難しいことは?

それは“書き終えること”です。長い小説でも、短い小説でも、書き終えるためには、一定の技術が必要となります。ぼくは小学五年のときに、長い小説を書きはじめ、それは六年になっても書き終えることができず、結局、四百字詰め原稿用紙百枚を突破しても、遂…

正しい答えが必ずないQ&Aについて

“正しい答えが必ずないQ&A”にこそ、真実があります。たとえば、幽霊はいるのか、いないのか? ……その問いかけには、正しい答えが必ずない、というのが、ぼくの立場です。だから、ぼくは幽霊が“必ずいる”と主張するひとも、“必ずいない”と主張するひとも信じ…

好きな妖怪は?

妖怪はひとつ残らず、みんな好きです。“この世に悪い妖怪はいません……”というのは、鳥取県境港市に“水木しげるロード”が計画されているとき、妖怪をいいものと悪ものの二派に分けて欲しい(そして、その二派による妖怪たちの戦いを“水木しげるロード”で演出…

Dusk Squareについて

このDusk Square(ダスク・スクエア)は学校が終わり、一日の仕事を終えた、街のみんながひと休みしてゆく、“黄昏広場”です。この街角広場(Square)には、いつも誰かと待ち合わせをしているひとや、友達と笑い合っているひとたちや、キスを交わしているカッ…

シンガポール人の相棒と……慶應義塾大学日吉図書館

大学は東急東横線の日吉(ひよし)にあって、ぼくは授業の空いた時間に、大学の図書館でバイトをしていた。ある日、大学の掲示板をみていたら、図書館が学生アルバイトを募集していたので、応募したのだった。そのころ、日吉はまだ田舎で、大学の近くでバイ…

ピアノで弾いた交響曲……大阪駅前第二ビル2F、ササヤ書店

大阪駅の、すぐ目の前の土地には、戦後ヤミ市時代のごちゃごちゃと密集した屋台街が長い間、残っていた。幼いころ、母親に手を引かれてじっと眺めた、そのヤミ市の名残りの、くすんだ色合いの風景を、ぼくはかろうじて憶い浮かべることができる。 その広大な…

“モルグ街”への道……阪急豊津駅前、すいせん堂

その街の名前を聞いただけで、ほのかな炎がぽおっと灯り、胸のうちが熱くなる。そんな不思議な火種と一緒に、名前を呑み込んだ、はじめての土地が“モルグ街”だった。エドガー・アラン・ポー「モルグ街の怪事件」の、あの“モルグ街”である。 そのころ、ぼくの…

Golden Lotus Book Center について

Golden Lotus Book Center(ゴールデン・ロータス・ブックセンター)へ、ようこそ! 漢字表記では“金蓮書迷中心”となります。世界各地に実在する魅惑的な書店、古書店、図書館、さらには楽譜店を結ぶ、密やかで愉しいシンジケートです。

銅鑼湾(コーズウェイベイ)の居酒屋で飲む林襲(ラムチョップ)

「ラムチョップっていうのはね、私の名前なの」 鬼沢はますますわけがわからなくなって女をみた。とにもかくにも日本人であるらしいことが、救いだった。 「ラムさん?」 「ええ。香港ではね。日本ではハヤシシュウ。森林の林に、襲うって字。広東語読みをす…

“大当たり”を教えるあけみ

「退屈だなあ。なんか、面白い遊びない」 「そうねえ。……“大当り”って知ってる? 携帯の裏サイトというか、裏アドレス」 あたしたちは夜更けのファミレスでお喋りをしてた。あけみは財布のなかから、もう何人もの手を渡ったようにみえる、ぼろぼろになった、…

アマンがドアをノックする

ホテルのドアがノックされ、私が開けると、アマンが立っていた。彼は不思議な顔をして、じっと私をみつめた。私が妹と似ているから、驚いているのだろう。ここで疑われてはどうにもならないから、私はわざと妹とそっくりの髪形にして、はるばるクアンタンま…

荻窪で原稿を書き上げた林馨(はやしかおる)

もう夜中の二時を回っていた。それこそ、どこからか鬼があらわれてきそうな時刻である。馨は大きく伸びをすると、原稿データをまるでいけすかないが、尊敬には値する老人が、ひとりで仕事をしているであろう青山のマンションへと送信した。そして冷蔵庫から…

香港での老林(ラオリン)との別れ

「あんたはわしの話を聞き過ぎたのかもしれん」 老林は思案深げに、そして慈愛をこめたまなざしで、私の顔をみつめてから、ゆっくりと口を開いた。 「どうする?」 老林は私をじっとみつめながら訊いた。 「この街に残るなら、残ってもいいぞ」 「いえ」 私…

遠景へとつながる中景へのまなざし叫(さけび) (角川ホラー文庫)作者: 林巧出版社/メーカー: 角川書店発売日: 2007/01/06メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 7回この商品を含むブログ (7件) を見る 幽霊たちは、世界のどんなところに佇んできたのだろうか。 …

C.C.Resort について

このC.C.Resortsは、広大な敷地をもち、海も、山も、ジャングルも、ビルディングもあります。ここは物語の登場人物たち(Characters)が、お喋りしながら、そぞろ歩いている、彼らのための円環をなす(Circular)楽園(Resort)です。ちょっと立ち止まり、耳…

ノロイ

ノロイ―小林雅文の取材ノート (角川ホラー文庫)作者: 林巧出版社/メーカー: 角川書店発売日: 2005/07メディア: 文庫 クリック: 13回この商品を含むブログ (15件) を見る ことの起こりは、三鷹の火事だった。 ひっそりとした住宅地で一軒の古い家が焼け落ちた…

スリー/臨死

スリー/臨死 (角川ホラー文庫)作者: キムジウン,ジョジョフイ,ニタスシンハマット,Jojo Hui,Nitas Singhamat,Kim Jee‐Woon,林巧出版社/メーカー: 角川書店発売日: 2004/04メディア: 文庫 クリック: 1回この商品を含むブログ (1件) を見る いかがでしたでしょ…

予言

三十年後の『恐怖新聞』予言―J‐HORROR THEATER (角川ホラー文庫)作者: 林巧,つのだじろう出版社/メーカー: 角川書店発売日: 2004/09メディア: 文庫 クリック: 4回この商品を含むブログ (4件) を見る 新聞というものは、ひとの心を騒がせ、ひとの想像力をかき…

雙瞳/ダブル・ビジョン

地獄巡りの記憶ダブル・ビジョン (角川ホラー文庫)作者: 林巧,チェンクォフー,スーチャオピン出版社/メーカー: 角川書店発売日: 2003/05メディア: 文庫 クリック: 1回この商品を含むブログ (3件) を見る 地獄と天国との距離は、ひとが想像するよりも、恐らく…

エキゾチック・ヴァイオリン

みえない平原を憶いだしてエキゾチック・ヴァイオリン―アジアの響きをめぐる旅 (知恵の森文庫)作者: 林巧出版社/メーカー: 光文社発売日: 2001/12メディア: 文庫 クリック: 3回この商品を含むブログ (2件) を見る ぼくは弓をもちながら、つらつらと思う。 う…

斃(たお)れぬ命/老林亜洲妖怪譚

斃れぬ物語斃れぬ命―老林(ラオリン)亜洲(あじあ)妖怪譚(ヤオグワイタン) (文芸シリーズ)作者: 林巧出版社/メーカー: 角川書店発売日: 2001/07メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 9回この商品を含むブログ (1件) を見る 子は、怪力乱神を語らず、と論語にあ…

亜州魔鬼行/アジアン・ゴースト・ロード

一度、本棚に戻し、あとから憶いだして、読んでほしいあとがき亜州魔鬼行(アジアン・ゴースト・ロード) (角川ホラー文庫)作者: 林巧出版社/メーカー: 角川書店発売日: 2000/12メディア: 文庫 クリック: 17回この商品を含むブログ (1件) を見る 小説に果たし…

チャイナタウン発楽園行き/イースト・ミーツ・ウエスト物語

チャイナタウン発楽園行き―イースト・ミーツ・ウエスト物語 (講談社文庫)作者: 林巧出版社/メーカー: 講談社発売日: 2000/10メディア: 文庫この商品を含むブログ (3件) を見る 三十センチ先もみえない恐ろしい真っ暗闇と、真夜中でもまるで真昼のようなネオ…

アジア夜想曲

鳴り止まぬ音楽 ショパンがつくったピアノ曲がまったく響いていない時間など、もはや地球上ではひとときも存在しないと信じて疑わぬ友人がいる。彼はしたり顔でこういう。まったくの初心者や幼児を除けば、ざっとみてピアノを習っている者、かつて習っていた…

アジアもののけ島めぐり/文庫版

すべてもののけの仕業である。 この本は、『アジアおばけ諸島』というタイトルで、同文書院より一九九五年に刊行された。原版のエピローグにあるように、このとき、水木しげる氏に解説として文章を寄せていただいた。 さして売れたわけではない。にもかかわ…

マカオ発楽園行き/香港・マカオ・台北物語

世界の入り口マカオ発楽園行き―香港・マカオ・台北物語 (講談社文庫)作者: 林巧出版社/メーカー: 講談社発売日: 1999/03メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 12回この商品を含むブログ (6件) を見る 二十代の半ばも過ぎようというころ、ぼくは初めて台湾へで…

世界の涯ての弓

旅立ちの夜明けに世界の涯ての弓 (Mephisto club)作者: 林巧出版社/メーカー: 講談社発売日: 1998/08メディア: 単行本 クリック: 9回この商品を含むブログ (1件) を見る 最後の一文を書き終え、小説全体を終結させる句点を打ち込んだのは、小説のなかとおな…