旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

3月11日

衝撃は時間の手触りをかえてしまう。二〇一一年の三月十一日、午後二時四十六分が、半年も、一年も、もっとずっと前の、あるいは先の、次元を異にする遠いところであるかのように、今となっては感じられる。 胸のなかに、手がかりとしてあるのは、もう十六年…

上海を想うチャイナタウン

上海にいたわけではない。ほとんど赤道に近い、蒸し暑く、ちいさな街で、ぼくは一か月ほどを過ごしていた。そこは中国大陸から、もう忘れられたような、旧いチャイナタウンだった。その街の知り合いから、三日後に雅集(ヤーチー)があるから来ないか、とい…

乃木坂にやってきたリチャード・ワイルド

乃木坂の地下に、蝙蝠(こうもり)がこもる洞窟のようにしてつくられた、あまりひとけのないバーの片隅で、私はひとり酒を飲んでいた。 木目が飴色になった八人がけアンティーク・テーブルに、私は座っていた。カウンターには二、三人の客がいたが、私の他に…

“旅を書くこと”を語る

旅を書くことについて、管啓次郎氏と対談します。三月九日午後七時から、表参道の青山ブックセンター本店にて。 管さんとはじめて会ったのは、二〇〇〇年の、確か、何かが道をやってくる(レイ・ブラッドベリ)……いや、誰かさんがみつけた(サトウ・ハチロー…

囃子の響きとともに

囃子を府中、中河原に習いに行きはじめて、もう三年が過ぎた。お祭りのとき、山車のうえから囃したてる、あの祭り囃子だ。その囃子連の忘年会があり、高橋忠行氏の話になった。中河原の囃子連のみんなは、今年はタダユキが……と声を落とした。 彼は、ぼくにと…

超弦領域 年刊日本SF傑作選

文芸批評としてのアンソロジー超弦領域 年刊日本SF傑作選 (創元SF文庫)作者: 日下三蔵,大森望出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2009/06/25メディア: 文庫購入: 18人 クリック: 178回この商品を含むブログ (67件) を見る 大森望、日下三蔵のふたりが腕利き…

妖怪とSFと小説と

この土曜日(明後日)、「妖怪とSFと小説と」というタイトルで、ぼくの母校である大阪府立北野高校にて、およそ二時間、話をします。それぞれ脈絡がありそうで、なさそうでもある、三つの言葉ですが、ぼくにとっては、どれも親しいもので、人生のなかで大切…

キナバタンガン川、ボルネオ・サバ州

ボルネオのキナバタンガン川流域を旅してきた。息子とともに、川沿いのジャングルで、ハンモックを吊っての野営。この春のことで、帰って来てから、アルフレッド・ラッセル・ウォーレスの「マレー諸島」を読み返していて、いろいろな発見がある。ウォーレス…

ラスト・ブラッド

選ばれし者の恍惚と不安ラスト・ブラッド (角川ホラー文庫)作者: 林巧出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング発売日: 2009/05/23メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 6回この商品を含むブログ (4件) を見る 新たなプロレス団体の旗揚げに際して、リング…

トゥルニャン、バリ島

石をみかけることが、めっきり少なくなった。もちろん、山のなかや、河原にでかけてゆけば石はいくらでもあるだろう。だが、ほんの少し前までは、そんなところまで出向いてゆかなくとも、道端にごろごろと石は転がっていた。 今の日本の町中には石はない。石…

アジアシリーズと西宮球場

ふと思い立って、東京ドームへ出かけた。 この時期(11月中旬)、プロ野球のアジアチャンピオンを決めるアジアシリーズが、二〇〇五年から毎年、行われていて、一昨年あたりから気になっていたのだ。日本代表の西武ライオンズと、台湾代表の統一ライオンズが…

竹湾酒店(ポウサダ・デ・コロアネ)で薔薇色のワインを撒く毬奈

竹湾に打ち寄せてくる波の音を聞きながら、毬奈はほんのりと顔を赤らめて、ひとりぼんやりと海を眺めていた。ようやくひと心地ついたという感じだ。こんな地の涯てのホテルにしては、たっぷりとひろいバルコニーに、エクステリアの真っ白なテーブル、そして…

ライデン、オランダ

誰だって、はじめてでかけた外国の風景、そこで起こった出来事は忘れない。ぼくの場合、それはオランダだった。 ぼくはまだ二十代のはじめで、ある月刊誌の新米編集者として働いていた。その雑誌の仕事での、突然の海外出張だった。当然ながら、オランダにつ…

ロシア語の巧くん

「ピアノ・レッスン」という小説のなかに、アンドレイ・レヴィツキーというウクライナ人のピアニストが出てきて、彼がピアニストとして楽譜にサインをする、物語上、重要なシーンがある(サインは筆記体で、小説のページに、そのままあらわれる)。そのアン…

庭のブランコに揺られるマリ

マリという名は母がつけたものだ。そう聞かされて、幼いマリは育った。父はフランス人のようだといって、最後まで抵抗したらしい。けれども、母が押し通してしまった。生まれてくる赤ちゃんが男の子だったら、父が名前をつけ、もし女の子だったら母がつける…

さくらのはなのちりぬるを

さくらのはなのちりぬるを にほへるしたのあはれなる わがよたれぞつねならむ いろはにほへとちりぬるを ころもかたしきをわかよをわかよ をわかよをわかよひとりかもねむ さくらのはなのちりぬるを うつろふしたのあはれなる うゐのおくやまけふこえて いろ…

香港の鳥女

鳥女をヴィクトリア・パークのテントのなかでみてから数日がたった。そして一九九六年の大晦日がやってきた。 ぼくは尖沙咀(チムサーチョイ)の香港文化センターで催された、香港フィルハーモニー・オーケストラのウィンナ・ワルツの演奏会にでかけた。香港…

キッチンからはじまる旅

毎朝、ぼくは目覚めると、まずコーヒーをポット一杯分、淹れて、それから家族全員の朝ごはんをつくる。メニューは日によって違う。イギリス・パンと野菜スープであったり、スパゲティ・カルボナーラであったり、ホウレン草を使った翡翠炒飯であったり、カル…

ひとりの編集者の死

年が明け、仕事がはじまって間もない九日、新潮社の青木大輔氏からメールが入った。新年の挨拶の後につづけられた、短い文章に、ぼくはあっと驚いた。 “……私の同期であり、友人だった、鳥飼拓志君が、五日に亡くなりました。私は仕事初めの七日に聞きました…

雑誌の配達、そして“神田村”へ……青山ツインタワービル、流水書房青山店(2)

昼下がりの配達 さて、遅めのランチが終わると、ぼくは配達にでかけることが多かった。 流水書房が入っている青山ツインタワービルは、地上二十三階の高層ビルが東西に二棟ある巨大オフィスビルで、上層階にはたくさんの会社が入っている。そうしたオフィス…

書店員の朝……青山ツインタワービル、流水書房青山店(1)

わずか一か月ほどだったが、書店員として、働いたことがある。一か月など、働いたうちに入らない、といわれれば、それまでだ。だが、毎朝、まだシャッターの閉まった店に出勤し、厚手のエプロンを身につけ、新しい本と雑誌に囲まれて、朝から晩まで働いた経…

“おばけのいる人生”と“おばけのいない人生”

台湾で実際にこんなことがあった。ある中年の女性が、身体の具合がどうも思わしくなくなって、病院にでかけた。だが、どこも悪いところはないですよ、と医者にいわれる。なら安心だ、とはじめは思ったが、やはり、体調は一向によくならない。よくならないど…

旧東京音楽学校奏楽堂、上野

いったい、今、ほんとうはどこを歩いているのか。自分の足が踏みしめているはずの場所と時間が、実感として、さっぱりわからない。道筋とか、街並みの錯覚といった、ちいさな混乱ではない。……今、地球のうえの果たして、どこにいるのか、……どの時代を歩いて…

紅楼夢のこと

この世に、終わらぬ宴(うたげ)はない。飲み干せぬ酒樽もなく、静寂に帰らぬ管弦すらもない。美男も、美女も、老いさらばえる。今、ここにある、官能の悦びに身を捧げても、後が空しいだけ。……その隘路(あいろ)を抜け出すためには、読み終わることのない…

イカとタコが、好き

もの心がついたときには、イカとタコが好きだった。そのものを意識する前に親しんでいた。タコ焼きとイカ焼きのせいである。 タコ焼きは店で買ってくるだけでなく、家でも専用の穴ぼこの鉄板で焼いた。七、八歳にもなれば、日曜の昼飯などに、ぼくは父親と一…

おやすみの挨拶を交わすチリ

「よくここまで、やってきたわね」 チリはきれいな声でぼくにささやきかけてきた。でも、音はきこえない。心に直接訴えかけるような不思議なしゃべりかただ。ぼくは、はあはあと息をしながら、小屋の床にすわりこんだ。 「あなたはいったい何者なんですか?…

いつか宇宙を征服できますか?

できません。人類の知性が宇宙をすべて理解する日もやってきません。論理的に考えれば、自明です。できることは、宇宙を征服した気持ちになる、宇宙をすべて理解したつもりになる、ことだけです。もし、人類の存在が、宇宙の存在に先んじているのなら――人類…

ブナガヤ(きじむなあ)をみつけた古書店……高円寺、球陽書房

球陽書房は、高円寺にある、ちいさな古書店である。 ぼくは学生時代の四年間、西荻窪の学生寮に暮らした。そして、中央線沿線、ことに中野から吉祥寺辺りの間を、自分たちの庭のようにして、うろついていた。あてもなく歩いているうちに、ひと駅、ふた駅、越…

卵をうんだニワトリの

卵をうんだニワトリの 母さんうまれた卵をうんだニワトリの 父さんうまれた卵をうんだニワトリの ばあさんうまれた卵をうんだニワトリの じいさんうまれた卵をうんだニワトリの 卵を焼いたら、きれいなきれいな目玉焼き 卵をうんだウミガメの 母さんうまれた…

首里、沖縄

首里の街の裏通りを歩いていて、ただ沖縄の古い家のことが知りたくて、なんの伝てもあてもなく、通りすがりに古い赤屋根の民家を訪ねたところ、その家のお祖母さんが亡くなられた直後で、まだ座敷に遺体が安置されていたことがあった。 ぼくは慌てて、その家…