旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

アジアおばけ諸島

h_major2007-06-03

百二十年後の“おばけ諸島”

 いつか“目にはみえないもの”の“世界地図”を描いてみたいと思う。そうすると、おそらく島と大陸のひろがりが逆転する。ちいさな島は大陸よりもひろい空と海を抱え、そのひろがりと奥行きのなかに“目にはみえないもの”たちが過ごす場所がたっぷりある。ことにアジアの島々では。それを理解しようとしない人間たちに、目にはみえないおばけたちは口をそろえて、こう叫ぶだろう。“世界地図はデタラメだ”。メルカトル図法とか、ボンヌ図法とか……はたまた地球儀では、島のひろがりは到底、はかりとれない。
 そんな島のみえない世界のひろがりから、おばけたちがあらわれる。……異界へのゲートが開いたバリ島ではサマール、ムムディ、ガマン、レアックらがじっとひとのふるまいを眺めている。ランカウイ島には悪戯好きな妖精や人魚がいる。龍の背に乗せられた琉球では、寂しがりやのキジムナーが老樹(ウスク)からそっと抜け出し、退屈しのぎの遊び相手を探している。おばけたちの“故郷の島”ボルネオでは、ポンティアナ、ハントゥ、トヨール……、そして数えきれない精霊たちがはるかな異界と島の間を足しげく行き来している。
 おばけは恐ろしい。だが、その恐ろしさに心を耕されなければ、しあわせは舞い降りてはこない。おばけがめっきりと少なくなったこのところの日本で、しあわせもまた急速に減ってきている、と感じるのは、ぼくひとりだろうか。
 しあわせは主観的なもので、自分自身がしあわせだと思えればそれでいい。だが、そうはいっても、しあわせが“手に入りやすい場所”と“なかなか手に入らない場所”がありそうだ。はるかな異界へのゲートをあちこちにはりめぐらせた島は、おばけがうろうろしている恐ろしい場所だけど、一方ではしあわせを手に入れやすい場所でもある。島のひとたちはみんなおばけをなによりも恐れながら、都会のひとたちよりもよほどしあわせに暮らしている。

 かつてダーウィンの時代にイギリスのアルフレッド・R・ウォーレスという博物学者は想像を絶するエネルギーを傾けてアジアの島々を巡り、一八六九年『マレー諸島』という立派な書物を書きあげた。そのとき、ウォーレスはすでにそれらの島々が“おばけ諸島”だということに気づいていたことだろう。
 島は独立したひとつの宇宙のような奇妙な場所だから、島ならではのおばけが棲んでいて、おばけと“遭遇”することはひとつの宇宙と接触するような得がたい体験で、おそらくはボルネオとセレベスの間に“ウォーレス線”を発見したときとおなじような悦びがあったのではなかろうか、と想う。『マレー諸島』以降のウォーレスの活動をみると、彼もまた“世界地図はデタラメだ”と考え、“目にはみえないもの”の“世界地図”を描こうとしていたのだと思われてならない。
 それから百二十年以上が過ぎて、“デタラメな世界地図”の国々の印は驚くほど変わった。だが、アジアの島々にはそのころと変わらず、おばけがまだたくさん棲んでいる。目にはみえない世界のひろがりは、目にみえる世界ほどヤワではない。ぼくには、もちろんウォーレスの跡をたどりつづけようというような大それた気持ちはないけれど、あろうことか彼が書ききれなかった“おばけ諸島”を東の国で書き始めてしまった、という不思議な思いがある。
 いずれにしても、アジアの島々でぼくは“おばけ”と“しあわせ”ばかりを心の奥深いところで感じつづけた。ビーチ・リゾートでのんびりと寝そべっていても、ダンスや音楽や食べものから文化探訪をしてみても、アジアの島にやってきて、本能のアンテナが感じ取るのは、そのあたりの感触ではなかろうか。
 おばけは確かに恐ろしい。だが、そうしたおばけとの“接触”の仕方を、どこかに置き忘れてしまうことのほうが、ぼくにははるかに恐ろしい。人類は生まれてこの方、“神さま”と“おばけ”に世界そのものの両端を支えられて生きてきた。だからこそ、そのどちらが欠けても大きなしあわせを取り逃がしてしまう気がする。
(同文書院/1995年/ 巻末エッセイ 水木しげる「おばけは“霊”である」)