旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

アジアおばけ旅行

h_major2007-06-04

 旅を終えるときは、いつもすこしだけ、さびしい思いをするけれど、それだけ世界はひろがっている。世界がひろがっているのだから、自分の部屋に帰ってきても、旅だつ前の住み心地とはちょっとちがっているものだ。自分の机と本だなが、どんな世界の中におかれているのか、そこから旅だつ前よりも、すこしはよくわかるようになっている。それが自分自身への旅のみやげだ。
 この本を読んで、もしきみがアジアに興味をもったら、あの“絵葉書”がやってくる順番なんか待ってないで(でも、心の片隅では待ちながら……)、大きなアジアの地図を買ってきて、部屋に張りだしてみてほしい。それをじっとながめているだけでも、テレビや新聞のニュースにでてきたり、また学校の社会科で習ったり、……名前だけはどこかで聞きおぼえていたアジアの国や街の感じかたが、ちがってくるはずだから。
 そして部屋の中でアジアの地図をじっくりながめつづけたあとには、いつか、ぼくのように勇気をだして、旅にでてほしい。その土地をしっかりと自分の足でふんで、その土地に暮らす人々の顔をみて、その国ならではの食べものをたっぷり食べて、そうしてはじめて感じられるアジアの美しい心というものがはっきりとある。アジアのおばけたちは、そんな美しい心をもった人々によってはるかな昔からたいせつに守られ、また不思議な力をもったおばけたちのほうでも味方でありつづけてくれる人々を、あたたかなまなざしでみまもりつづけてきた。
 こんなことはいうまでもないことだけど、日本もアジアの一員だ。そのわりには日本人はアジアのことには無頓着だし、アジアのおばけなどいることすら知らない。そのかわりに日本にはいろいろな物があふれている。物があふれすぎたせいなのか、ずっと昔から日本にいたはずの古いおばけたちは、いまではめったにあらわれなくなった。……このあたりに、美しい心をもった人たちが暮らすアジアと日本とのしあわせの濃さのちがいが生まれてしまう原因が、ひそんでいるような気がしてならないのだけど。
 アジアのおばけ旅行をつづけている人たちはいつもいる。そんな旅の途中で、今度はきみと出会える日を楽しみにしています。
(講談社KK文庫/1996年/ 絵 藤田裕美)