旋律的 林巧公式ブログ

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斃(たお)れぬ命/老林亜洲妖怪譚

斃れぬ物語

 子は、怪力乱神を語らず、と論語にある。
 その孔子とは、対極的なキャラクターである老林(ラオリン)が、みずからが出逢ってきた妖怪たちについて、饒舌に語りつづける。……それが本作の連作妖怪短編集だ。

 怪力乱神を語らず、という言葉は、お化けを信じないひとたちに、そして、説明のつかない出来事を嫌悪するひとたちに、ずっと援用されてきた。それ自体、呪いの言葉のように強い威力を発揮して、お化けの“お”、妖怪の“よ”を、口にした瞬間、もはやまともな人間とはみなされなくなると考え、そうした言葉をかりそめにも平気で口にする人間を嫌悪するひとたちが、ごく最近までたくさんいた。そして、今もなおたくさんいる。

 それは孔子の本意ではない、とぼくは思う。
 そのような硬直した思考のために、孔子はその言葉を残したわけではきっとない。
 ぼくはあるときから孔子を祭った孔廟(コンミアオ)が好きになり、北京でも、台北でも、もっとずっと田舎の中国文化圏の街でも、孔廟をみかければ、そこでひととき、のんびりと過ごすようになった。道教の廟に比べて、孔廟が特別なのは、建物のなかに図像的な神の姿がひとつもない、ということだ。神の姿のかわりにあるのは、文字や霊牌(リンパイ /位牌)である。孔子自身の姿は、建物のなかではなく、たいてい敷地内の庭に、とても背が高かったという伝承どおりの、巨(おお)きな孔子像がある。
 そうした孔廟で、ぼくが感じたのは、のびやかにものを思ったり、あれこれ自由にものごとを考えたりする……その巨きな容れものとしての、廟ということだ。
 孔子の時代、お化けや妖怪の話は、今であれば台風や虹といった自然現象の話題のように、ごく当たり前に話されていたに違いない。それを語らず、ということは、だから、今とは逆転した意味で非常識的な、だからこそ、革新的な態度であったと思う。
 それは、はっきりしないことを決めつけて喋るな、という態度であって、語らないから否定しているとか、見下している、ということでは決してない。そもそも孔子は広義の霊(れい)や霊々(かみがみ)を、否定してはいない。ただ多くを語っていないだけだ。ぼくはいつも孔廟の居心地のよい庭で、そう思う。

 妖怪とは何か、と問われると、それは“気配”である。“気配”というのは、わかったような、わからないような言葉だ。だが、誤解が少ないようにいえば、そうなる。それは、これから起こることの“兆し”である場合もあるし、すでに起こったことの“余韻”である場合もある。はじめからそこにあって、しかし“地”と“図”の反転のように、一瞬、目にはみえにくいことの、“図柄”のようなものの場合もある。
 視覚的にものごとを捉えることに優れたひとたちには、その“気配”が“イメージ”として把握される。そうやって捉えられた妖怪の“イメージ”がたくさん残されてきた。そのおなじことを、ぼくは“物語”として捉える。そうした理解のやり方が、ぼくにとってはやりやすい。
 たとえば、ひとつの森がある。そこには妖怪が棲んでいる、と森の近くに暮らすひとたちがいう。つまり、妖怪は、その森の“気配”である。森のなかに佇んで、その“気配”をひとつの“イメージ”として捉える絵師がいる。ぼくは森のなかを歩きながら、それを、ひとつの“物語”として捉える。その妖怪は――その森の“気配”は――ぼくにとって、その森の“物語”である。そのように、ひとつの妖怪をひとつの“物語”として、捉えたものを集めたものが、この短編集だ。
 妖怪というものは、往々にして、ただ名前だけがあったり、もの音だけがあったり、事件や出来事だけがあったりする。妖怪を“イメージ”で捉えた絵師は、妖怪の絵を自身の筆で、自身の絵として、一心に書き残してきた。妖怪を“物語”として捉えたぼくは、それを自身の筆で、自身の新たな“物語”として、一心に書き記した。みえないものをみようとする絵師の筆によって、生きながらえてきた妖怪はたくさんいる。みえないものを語る“物語”として、この本のなかに記録されることで、生きながらえる妖怪もいるだろう。

 この連作短編小説は角川書店「怪」第壱号(一九九八年三月)から第拾号(二〇〇一年一月)にかけて連載された。最終編「香港の棺桶屋」は新たに書き下ろした。「怪」編集長の郡司聡氏と妖怪文化を盛り上げようとして、はじまった連載である。そもそも郡司氏とはじめて出逢ったのは、水木しげる氏の事務所だった。そして、連載中は、まさに妖怪を“イメージ”として、余すところなく捉える水木しげる氏の妖怪画が挿絵としてつき、その“イメージ”に強く励まされながらの、とても愉しい仕事となった。連載を担当してくれた菅原哲也氏には、単行本化にあたり、「亜洲魔鬼行」につづいて、お世話になった。