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旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

エキゾチック・ヴァイオリン

みえない平原を憶いだして

 ぼくは弓をもちながら、つらつらと思う。
 うたを歌いたくなったとき、歌えるうたがあることは素晴らしい。楽器を弾きたくなったとき、弾ける楽器がいつも傍らに置かれているのも素敵なことだ。ひとはどんなときでも、……嬉しいときも、かなしいときも、……もちろん愉しいときも、苦しいときもでも、音楽にそっと身を寄せることができる。いつだって音楽はぼくたちを拒絶せず、受け容れてくれる。エキゾチックな旋律の、あるいは懐かしい響きのそばに立ち止まって、いつしか世のなか捨てたものじゃないと感じるのは、やはりぼくたちのほんとうの生まれ故郷が、……ぼくたちをいつでも迎え入れ、優しく挨拶をかわし、慰め、勇気づけてくれる土地が、……ことばの城壁で護(まも)られた、その高い壁の向こうの、美しい平原にひろがっているからではなかろうか。
 そうであるならば、ことばの城壁の絶望的な高さと強靭さをみあげて、ふいに息が詰まってしまわないように、美しい平原がひろがっていることを、ぼくたちは決して忘れないことだ。エキゾチックな音楽や、楽器は、その素晴らしい平原の涯てしないひろがりを、どこからかやってきた異邦人の心に憶い起こさせてくれる。ともすれば、眺めのいい場所をひとつずつ奪い去ろうとする、ことばの城壁の前でみえない平原を想いつづけることは難しい。だが、できないことではない。うたや、楽器は、そして音楽は、そのための魔術の術具である。

 幼稚園での音楽教室のオルガンにはじまり、ヴァイオリン、そして二胡(アルフー)と、ぼくに音楽を教えてくれた、音楽そのものへの限りない愛に溢れた先生たちに、心からお礼をいいたい。学生時代にヴァイオリンを教えていただいた寺神戸亮氏は、今やバロック・ヴァイオリンの世界的第一人者という立場の演奏家である。二胡を教えていただいた坂田進一氏は、中国、台湾でもその名を知られた、ただひとりの日本人の古琴(クーチン)演奏家であり、東京琴社を主宰され、中国伝統音楽を中心に活発な演奏活動をつづけられている。楽器の歴史については、楽器学という学問体系があり、日本および中国文化圏で発表、刊行された、数多くの書籍や論文、音楽事典、図譜に、さまざまなことを教えられた。光文社の小松現氏には企画の立ち上がりで、光田秋彦氏には実際に本がかたちになってゆく過程で、それぞれお世話になった。『アジア夜想曲』にひきつづいて、素敵な絵を描いてくれたおちあやこ氏にも感謝したい。