旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

銅鑼湾(コーズウェイベイ)の居酒屋で飲む林襲(ラムチョップ)

「ラムチョップっていうのはね、私の名前なの」
 鬼沢はますますわけがわからなくなって女をみた。とにもかくにも日本人であるらしいことが、救いだった。
「ラムさん?」
「ええ。香港ではね。日本ではハヤシシュウ。森林の林に、襲うって字。広東語読みをするとね、林襲(ラムチョップ)なの。だから、香港では私はラムチョップ」
「じゃあ、日本人なんですか?」
「そう。もう香港暮らしが永いけど」
 ラムチョップは手酌で日本酒を猪口に注ぎ、カッパ巻をつまみはじめた。彼女は常連客らしく、カウンターの内側にいる美形の男の子とも顔見知りで、広東語でお喋りをはじめた。そうしていると、まるで香港人のようにもみえた。鬼沢はしばらくひとりでぽつんとカウンターの向こうを眺めていた。ラムチョップのお喋りがひと段落したところで、鬼沢はふと思いついて、彼女に訊いてみた。
「あの、ポッカイって、わかりますか?」
「ええ。でも、どうして?」
「ここへ来る途中、ポッカイって、罵られたんです」
「まあ、PKされたの? かわいそうに」
「ピーケー?」
「そうよ。ポッカイの頭文字。ええと……」
 ラムチョップはカウンターの内側の男の子に広東語で何かいった。すぐに彼は紙とボールペンを持ってきた。その紙を受け取ると、“仆街”と美しい字で書いた。
「これがポッカイ」
 鬼沢はしげしげとその漢字をみたが、意味はさっぱりわからない。
「仆はね、倒れ死ぬ、ってこと。街はね、ここじゃ道って意味で、いってみれば道端ってことなの」
「道端で倒れ死ぬ?」
「日本語なら、くたばりやがれ! とか、野垂れ死ね! って、まあそんな感じの呪いのことばね」


……「亜洲魔鬼行」より