旋律的 林巧公式ブログ

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ピアノで弾いた交響曲……大阪駅前第二ビル2F、ササヤ書店

h_major2007-06-28


 大阪駅の、すぐ目の前の土地には、戦後ヤミ市時代のごちゃごちゃと密集した屋台街が長い間、残っていた。幼いころ、母親に手を引かれてじっと眺めた、そのヤミ市の名残りの、くすんだ色合いの風景を、ぼくはかろうじて憶い浮かべることができる。
 その広大な駅前エリアが再開発され、何もなかった天空に向けて、巨大な大阪駅前第一ビル、第二ビルが、そびえたつように建設された。大阪駅前ビルの建設は、さらに第四ビルまでつづけられた。
 それまでの駅前屋台街が、たとえば河を漂う小舟の群れだとすれば、まるで大洋を侵攻する航空母艦のような、地上十六階、地下四階の、第二ビルができたのが一九七六年のこと、ぼくが中学三年のときである。ササヤ書店は、その大阪駅前第二ビルの、がらんとした二階にあった。


 楽譜も、印刷されている“ことば”が違うだけで、本の仲間であることに違いはない。だが、書店で本を選ぶように、心愉しくわくわくとしながら、楽譜を選ぶひとは案外少ない。ピアノでも、ヴァイオリンでも、習ったことのあるひとなら、うなずいてくれるだろうけれど、楽譜はいつも先生から“与えられるもの”で、自分で探し出してくるものではない。
 たとえば、小説を読むのに、国語の先生から“与えられるもの”ばかり、喜んで読むひとはいない。けれども、どうも楽譜は、音楽の先生たちの間で、密やかに封じ込められている。そもそも本を選ぶように、好きな楽譜を自由に選べる店が、圧倒的に少なく、ほとんど目につかない、ということもある。
 高校生のころ、そんな愉しみを、……心をときめかせながら好きな楽譜を選ぶ愉しみを、……ぼくに初めて味わせてくれた店が、楽譜専門店の、ササヤ書店だった。


 ぼくの記憶では、大阪駅前第二ビルは、建物の威容が目立つばかりで、テナントはそう簡単には埋まらなかった。真新しいビルのあちらこちらでシャッターが閉まり、フロアはがらんとしたままで、昼間でもあまり人影はなかった。だから、テナントとして入った店も、ふつうに利益を上げることは、大変だったろうと想像する。
 この大阪駅前ビルの建設は大阪市の主導であったのだが、ぴかぴかの建物はできても店は入らず、人はなかなかやってこず、やがて、そのころ大阪で流行りはじめの風俗であった“ノーパン喫茶”の類ができ、がらんとしたフロアのなかで、その店のドアの前だけにサラリーマンのか細い行列ができている、というおかしな事態にもなっていた。そんな奇妙な情景のなか、靴音だけが響く、がらんとした廊下を歩いていった先に、突然、ササヤ書店はみえてくるのである。


 ぼくは高校のオーケストラに入っていて、その練習に合奏トレーナーとしてやってきてくれていたOB……彼はあちこちの大学オーケストラからも合奏トレーナーとして招かれていて、もはやセミ・プロの音楽家であった……に“梅田の駅前第二ビルに、楽譜の素晴らしい店がある”と教えてもらったのだった。
 当時から、ササヤ書店は、一般書店としても充分に通用するフロア面積があり、しかもそこに並べられているのは、楽譜と、あとは楽典など、音楽関連の専門的な本ばかりだった。
 ぼくは目が眩むような思いで、楽譜で埋め尽くされた書棚をみて歩いた。
 愉しみで楽譜を選ぼうとした経験のあるひとはみんな知っているが、日本国内で出版されている楽譜の数など、たかが知れている。誰もが使うピアノの教則本や練習曲は、いつでもどこでも手に入っても、使われる頻度が少なく、一般に演奏会でも取り上げられることの少ない楽譜は、まず刷られていないことが多い。
 ササヤ書店にずらりと並ぶ楽譜の多くは、海外からの輸入楽譜だった。ニューヨークやパリやロンドンで刷られた輸入楽譜というものを、ぼくはこの店で初めて実際に手にしたのだった。


 オーケストラで、ぼくはヴァイオリンとヴィオラ、ときおりティンパニとパーカッションをやっていた。
 ササヤ書店には、たとえばヴァイオリンとヴィオラの二重奏とか、ギターとヴァイオリンの二重奏とか、さらには二台のヴァイオリンとヴィオラの三重奏などが、……なじみのある作曲家の曲も、よく知らない作曲家の曲も、……そして、古い時代に書かれた楽譜も、新しい時代の作曲家の楽譜も、……たくさんあった。
 そうした楽譜は、日本では出版されていないものばかりだった。輸入楽譜は、たとえば全音楽譜出版社音楽之友社の、ピアノ譜やヴァイオリン譜に比べると、かなり高価で、どれでも気の向くまま買える、というわけにはいかなかった。
 けれども、棚に並んだ楽譜のなかから好きなものを手に取って、ページを開いて、実際に譜面をみることが、ササヤ書店ではできた。それだけで、……こんな曲を、いつか弾いてみたい、いつか合奏してみたいと思うだけで……ぼくは充分に愉しく、心がわくわくとした。
 それは、この本をいつか読もうと思いながら、未知の小説の本を書店で手に取るときの、あのなんともいえない感興と、まったくおなじだった。やっぱり楽譜もまた本なんだ、と、ぼくは思った。
 ササヤ書店で、ぼくは三、四ヶ月に一度ずつ、そのために貯めた小遣いで、楽譜を買った。ただ出かけて、そっと楽譜を眺めただけの日は、その何倍にもなる。そのころのぼくにとって、そんなふうにして未知の楽譜を眺められる場所は、ササヤ書店の他にはなかった。


 そのころ買った楽譜で、今でも愉しみで弾いているものがいくつかある。
 そのひとつがベートーヴェン交響曲をピアノ用に編曲した分厚い楽譜である。ニューヨークに拠点をもつ、G.SCHIRMER社という老舗楽譜出版社がつくったもので、ベートーヴェンの第一番から第九番までの交響曲が二分册になって、全楽章すべてピアノ譜にされている。
 二冊とも買うには、お金が足りず、ぼくは第一番から第五番までがおさめられた、第一巻を買った。そして、これはG.SCHIRMER社の楽譜ライブラリーの、なんと一五六二巻目の楽譜であった。
 買ったばかりのころは、第五番“運命”の有名な出だしや、そのころ、オーケストラで練習していた第一番の第一楽章や第三楽章を、ベートーヴェンの音楽の骨格を辿るようにして、ピアノで弾くことが愉しかった。何より、オーケストラの交響曲を、ピアノで弾けるだけで新鮮だった。
 今はおなじ“運命”でも、第一楽章ではなく、第二楽章のアンダンテを、その低弦のリリカルなメロディをゆっくりと味わいながら、弾くことが愉しい。それらベートーヴェン交響曲の、オーケストラではなく、ピアノの響きから、ぼくはササヤ書店の楽譜棚の前で、心をときめかしたころを懐かしく憶いだす。