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旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

ピアノ・レッスン

三つの物語と音楽の秘密

ピアノ・レッスン (角川ホラー文庫)

ピアノ・レッスン (角川ホラー文庫)

 ピアノという楽器には、どんなひとでもそれぞれの思いを胸に秘めている、という気がする。弾けるひとも、弾けないひとも、楽器として愉しんできたひとも、逆にピアノのために苦しんできたひとも、そして愉しみも苦しみもせず、遠くからそっと眺めてきたひとも……その思いは、きっと百人百様だろう。近所に楽器店があるけれど、その店先に立ち止まり、陳列されたピアノを、ガラスのウインドウ越しにじっとみつめている若者や、中年男や、老人や、ちいさな子供を、ぼくはときおりみかける。ピアノに向けた、そのまなざしの意味も、きっと立ち止まったひとの数だけある気がする。ぼくも、またそのひとりに過ぎない。その思いを、ひとつの小説にしたのが、この作品である。

 この小説は書いているうちに、いろいろと面白いことが起こった。
 はじめ、ぼくの頭のなかで、はっきりとした輪郭をもっていたのは、小学生のケンだった。小説を書きはじめたとき、これはケンがピアノを弾けるようになる物語のはずだった。そして、事実、そうなるのだが、物語のおぼろげな霧の向こうにたたずんでいたに過ぎない、リナとアンドレイが、小説を書き進むにつれて、みずからの輪郭を強くあらわして、彼らは彼ら自身の声色で喋りはじめた。
 そうして、ふと気がつけば、リナとアンドレイは、ケンの居場所を奪うことなく、この長編小説のなかで、ちょうど三分の一ずつ、うまいぐあいに彼らふたりの居場所をつくっていた。もともとはケンの物語であったはずのものが、ケンとリナとアンドレイの三人、それぞれの物語になっていた。
 そうなってくると、小説全体の生彩もかわってきた。ケンがピアノを弾けるようになる物語であるとともに、リナとアンドレイが恋をする物語となり、アンドレイがみずからの人生をふりかえる物語となっていった。それらが等しく、三分の一ずつの位相を占めた。リナとアンドレイ自身が、そうやって物語をつくりかえていったのだ。
 これは実際に小説を書きつづけている作者として、愉しい経験だった。もちろん、“絶対的な作者”として、リナやアンドレイの声には耳をかさず、彼らが求める居場所を小説のなかに必要以上つくらない、というやり方もあったろう。しかし、ぼくは二十一世紀の東京の机で仕事をつづけている作者である。小説に出てくる人物とは、もちろん立場が対等の、友達ではない。だが、前時代の作者のように、彼らの運命について、絶対的な服従を求めもしない。……話しあうというよりも、少しばかり、ぼくの立場は強いだろう。だが、彼らの声も聞き、顔色もうかがう。元気がなければ、励ましてやる。そうして書き進めていった。
 三人の居場所ができ、三つの物語の位相が生まれると、ケンとリナとアンドレイは、ほぼ対等の重みを、物語のなかで背負うようになった。そうなることで、三つの物語が交差するところで起きるリナとケン、アンドレイとケンとのかかわりも、小説を書きはじめたとき、ぼくが作者として想定していたものとは、かなり奥行きの違うものとなった。もちろん、そのことを、物語のなかの三人のために、ぼくは心から喜んだ。

 さて、音楽の話。
 音楽というものは、耳に聴こえる。
 だが、それがすべてではない。耳に聴こえてくるのは、氷山の一角のような、巨大な何ものかのほんの針の先のような一部で、聴こえない領域にはみ出したところのほうが、実は遥かに巨(おお)きい。そして、耳には聴こえない、その巨きなものとつながっていなければ、音楽にはならない。耳に聴こえるだけのものを、要領よく整然と並べてみても、それは音楽にはならない。
 ぼくはかつて「世界の涯ての弓」という小説で、ヴァイオリン弾きを出し、彼を“弓使い”にしようとした。“弓使い”とは、楽器を鳴らす、ということから逸脱して、ヴァイオリンの弦が張られていないところまでボウイングをし、……そうやって音が鳴らないところで弓を使うことを覚えてしまった、特殊なヴァイオリン弾きのことである。その“弓使い”と似たことが、このピアノをめぐる小説のなかでも起こる。そして、そうしたことは、あるところで、音楽の奥深い秘密に通じている、とぼくは思う。
 もうひとつ、クロード・ドビュッシーの“パスピエ”。何よりも、はじめにあったのが、このピアノ曲だった。ケンの輪郭もまだはっきりとしていないとき、ピアノを弾けるようになる、ということは、この“パスピエ”を弾くことだ、とぼくは決めていた。そこから物語のすべてが生まれていった。どうして、曲だけが決まっていたのか? それは、もうずっと昔、ぼくがこの曲をはじめて聴いた十代のころから、このピアノの音楽のなかに、物語の“気配”をはっきりと感じ取っていたからだ。その“気配”を手がかりにして、少しずつ、たぐり寄せたものが、この小説になった。

 アンドレイのサインを製作してくれた黒田龍之助氏に感謝したい。本に挿入する楽譜をそろえているとき、ぼくの頭に浮かんだのが、日本を代表するスラヴ語学者である黒田氏の、にこやかな笑顔だった。氏の秘密の仕事場に、ぼくがピアニスト、アンドレイの経歴をメールで伝えると、ピアニストの出自をふまえて、ロシア語ではなく、ウクライナ語でつくってくれたのが、本文中に出てくるサインである。角川書店の担当編集者、津々見潤子氏には、まだ物語が何もみえていない段階から、やがて三つの物語が立ち上がり、こうして装画の美しい本になるまで、お世話になった。