旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

クチン、ボルネオ・サラワク州

h_major2007-07-19


 ぼくはボルネオ島北西部の東マレーシア、サラワク州都クチンの、サラワク河のほとりのホテルに滞在していた。そのホテルをべース・キャンプにして、ジャングルの奥まった場所にある、先住民族たちが暮らす村への一、二泊の旅を繰りかえしていた。
 先住民族たちは多く、竹や木でつくられた長屋形式の住居(ロングハウス)に暮らしている。だから、そうした短い旅はロングハウス・ツアーと呼ばれ、コーディネイトしてくれるちいさな事務所がクチンにはいくつもあった。クチンの街なかでも、先住民族のひとたちは働いており、一軒のレストランの給仕係がみんなひとつの部族の、おなじ村からやってきている、ということもままある。そうした給仕係たちと親しくなれば、彼らもまた故郷の村に連れて行ってくれた。


 そのサラワク河沿いのこじんまりとしたホテルには、ぼくとおなじように、先住民族の村への短い旅を繰りかえしている客が滞在していた。その多くはイギリスや、オーストラリア、アメリカなどからやってきた若い白人たちだった。
 ボルネオは紛れもなくアジアの島である。人類の遠い祖先は、アフリカのチンパンジーから分岐してきたということに、学説上は決着がつけられてしまった。だが、ぼくとしては、アジア人種の遥かな祖先は、ボルネオのオランウータンだ、と思いたい。アジアの片隅に生まれた人間として、ボルネオはみずからの縄張りだという思いがある。
 ところが、白人たち、ことにイギリス人には、ボルネオという秘められた島をみつけたのも、そこに残されていた前人未到のジャングルに初めて足を踏み入れたのも、自分たちだという思いが強くある。十九世紀半ばにボルネオをはじめ、マレー諸島を探検したイギリス人、アルフレッド・ウォーレスの成果によって、チャールズ・ダーウィンは進化論を構想した。さらに、ブルネイ王の認可のもとに、イギリス人のジェームス・ブルックがホワイト・ラジャ(白人王)として、サラワクを統治した時期もある。だから、イギリス人たちの思いにも、理がないわけではない。
 そんな世界観の違いを胸に抱えながらも、そうした白人たちと、ぼくは、サラワク河のほとりのホテルの狭い廊下ですれ違い、それぞれのジャングルへと旅立っていた。ひとつ、共通することがあるとすれば、白人たちも、ぼくも、ボルネオのジャングルや、森のなかに暮らすひとたちが、このうえなく好きだったということだ。


 あるとき、ぼくはホテルの狭い廊下を歩いていて、ちいさなくしゃみを二回した。たまたま横を通りかかった若いイギリス人の男が、間髪を入れず、真剣な声で、ぼくにいった。
「Bless you ! ……Bless you !」
 ぼくはきょとんとし、驚いた。くしゃみをすると魂が抜けてしまう。……もし三回つづけてくしゃみをして、神の恵みによって、恢復しなければ人間界から妖精たちの世界に連れ去られ、二度と戻ってこられなくなってしまう、という伝承がイギリスにはある。だから、イギリス人はくしゃみをしたひとをみつけると、慌てて神の恵みを与えてくれる。
 もしここがボルネオのホテルでなければ、……ぼくたちがジャングルへの旅を繰りかえしていなければ、……"Bless you! "という言葉は、ちょっとした挨拶か、社交辞令だ。身の回りでくしゃみをしたひとに、この言葉が投げかけられる光景を、ぼくは世界のあちこちのホテルでみてきた。
 ロンドンや、ニューヨークや、香港や、東京に暮らしているひとたちにとっては、“魂が抜ける”という言葉は、ひとつの比喩でしかない。そうした世俗の大都会では、抜けるような魂の居所が、はじめからうやむやだ。
 だが、ここはボルネオである。道端に財布を落とすように、あっけなく魂は抜けてしまう。クチンで働いている先住民族の娘たちや、ジャングルのなかで部族の長老たちから、あれこれの話を聞いていると、実に頻繁に人間の魂が抜けていることが、よくわかる。ボルネオでは、ひとの魂は決まった居所にあり、だからこそ、気をつけて大切に面倒をみていないと、あっという間に、からだから抜けたり、落としてしまう。
 ぼくはクリスチャンではない。だが、若いイギリス人の“呪文”は効いた。おかげで魂は抜けなかった。彼もまたボルネオでの、魂を巡る危うい状況を、あちこちの村で聞かされていたに違いない。廊下ですれ違いざまにくしゃみをし、そして、その魂を救う“呪文”を投げかけた、若いふたりの男の間には、お互い自分の魂は大切にしようぜ、という思いが明確に流れていた。その日、ぼくたちは、またそれぞれのジャングルへと、旅立っていったのだった。


……「魂が抜けないために」より