旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

誠品好讀インタビュー

h_major2007-07-23

Q1/妖怪にまつわる場所を訪ねはじめたきっかけを教えてください。

 きっかけは台湾です。だから、こうした問いかけが台湾から届くのも、縁がある感じがします。八十年代に台湾へでかけて、台湾の文化事情や、若者を取り巻く事情を、日本の若い読者に伝えるという仕事をやりました。そうしたときに取材しているテーマとは関係なく、鬼や妖怪の話を台湾のひとたちから聞く機会があって、とても面白い、と思ったことがきっかけです。
 妖怪というのは、時代遅れになった神さまであることが多いんですね。だから、妖怪があらわれる土地というのは、かつての聖地であったことが多い。本物の聖地というのは人類全体にとって特別な土地ですから、聖地を訪ねてみようという気持ちは、たとえ異教徒であっても起こりますよね? それに近い感じです。

Q2/どうしてアジアに限っているのですか?

 限っているわけではありません。イギリスの妖精も、北欧のトロールも、これは小説ですが“フランケンシュタイン”も大好きですよ。ただディズニーランドや、ハリウッド映画が世界中で知られているように、欧米の妖精やゴーストたちの伝承はほおっておいても流通しています。ところが、アジア各地の妖怪については、まだ紹介されていないものが多く、その土地を離れると世界中で誰も知らないというのが実情です。そうした妖怪たちの伝承に出会って、彼らの奇妙な姿や不思議なふるまいに感じた新鮮な驚きを、まだ知らないひとたちに伝えてゆこうと思って、仕事をしているうちに、アジア中心になったということです。もちろん、ぼく自身、東洋人であり、日本の妖怪の兄弟や遠い親戚と出会ったような親しみを、アジア各地の妖怪たちにはっきりと感じるという事情もあります。

Q3/アジアの妖怪を訪ねる過程で、最もびっくりした現地事情や事件を教えてください。

 昔は日本でもありましたが、そして台湾でもみかけられたでしょうが、“お化け屋敷”が放置されたまま、マレーシアや、インドネシアではあちらこちらに残っていて、驚かされました。悪い妖怪が出たとか、幽霊が出たとか、呪術的な事件で家族に不幸があったとかで、捨てられた家が朽ち果てたまま残っているのです。近くに暮らすひとたちは、その家で何が起こったかを、みんな知っています。そうした家の残骸をみると、ひとの暮らしがいかに脆いもので、目にはみえない世界がひとの幸せにどれだけ根本的な影響を与えているか、ということを思います。
 逆の意味で驚いたのは、バリ島でバリ・アガ(Bali Aga)と呼ばれる、島の先住民族たちが暮らす古い集落を訪ねたときのことです。集落の奥まったところ、森の背後にひっそりと隠れた、彼らの聖地へと、そっと案内してもらったのですが、そこに祭られていたものは、他の土地であれば、まず間違いなく妖怪となっている、とても古い神さまであるように感じられました。その“なにものか”は確かに、この土地に降りてきて、今もなおこの集落を守りつづけている、と感じさせる、特別な空気が漂っていました。とても清々しく、あっと思うほど、心地好い、特別な聖地でした。

Q4/高度に都市化された都会で、今や妖怪伝説は消え失せる危機に直面しているのではありませんか。

 そのとおりです。日本ではこのところ、失われゆく妖怪に注目が集まって、“妖怪ブーム”といわれることがありますが、だからこそ、クローズアップもされてきているのでしょう。ぼくは妖怪というものは、近代批判の強烈なキャラクターだと思います。世界は近代合理主義の精神でここまで突っ走ってきて、人間はひと昔前とは比べものにならないくらい豊かな暮らしを手に入れました。でも、その結果、ほんとうに幸せになれたのでしょうか? 恐ろしい妖怪たちの伝承は愚かな迷信として撲滅されてきました。でも、彼らの恐ろしさを感じない世界で、ひとは身近な幸せの手応えを、はっきりと感じとれるでしょうか? もし妖怪たちの伝承が撲滅されず、それぞれの森や河や湖を妖怪たちが守っていれば、今日のような環境問題は引き起こされなかったのではないでしょうか。
 たぶん、人間は完全に合理的な世界のなかでは、幸せを手に入れられないと思います。もし伝統的な妖怪が完全に姿を消せば、新興宗教が繁栄するだけでしょう。合理的な世界の最後の扉の手前に、ひとが身近な幸せと引き換えに恐ろしさをあずける先として、妖怪たちには人類の前にみえない姿で立ち塞がっていてほしい、と今さらながらに思います。(原文・中国語 / 文章整理・新井一二三)


……「誠品好讀」(台湾・誠品書店発行の書評誌)2003年夏号(Issue:35)より