旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

ブナガヤ(きじむなあ)をみつけた古書店……高円寺、球陽書房

h_major2007-08-12


 球陽書房は、高円寺にある、ちいさな古書店である。
 ぼくは学生時代の四年間、西荻窪学生寮に暮らした。そして、中央線沿線、ことに中野から吉祥寺辺りの間を、自分たちの庭のようにして、うろついていた。あてもなく歩いているうちに、ひと駅、ふた駅、越してしまうのは、当たり前だった。朝も、昼も、夜も、おかまいなしだった。一緒にうろつく相棒は、いつだって寮のなかに、いくらでもいた。
 当時は、まだ南こうせつかぐや姫の「神田川」を彷彿とするような古い木造アパートが沿線にはたくさんあった。ぼくたちのように、わけもなく、うろついている学生もたくさんいた。ちょうど歩き疲れたころ、ひと休みしたくなる、ちいさな喫茶店も、驚くほど安く飲めるバーや居酒屋も、ぶらりと立ち寄って好みの小説家の新刊を手にできる書店や、みたこともない本をあれこれと探せる古書店にも、こと欠かなかった。
 中央線文化と聞くと、ちょっと大げさな気もする。だが、他の土地とは明らかに違う、ぼくたち学生にとっては、サンダル履きですぐに歩いて辿り着ける“楽園”のような雰囲気が、あのころの中央線沿線には確かにあった。そうやって、沿線をうろつく学生たちは、まるで名を伏せた、どこかのちいさな国の“王侯貴族”のような気分だった。そして、そんな名もなく金もない、遥か遠い土地から東京の大学へやってきた学生たちを、沿線のひとたちは、あたたかなまなざしで遇してくれた。
 書店の記憶というものは、もちろん、その書店がある、通りの風景とか、書店の書架を取り巻く雰囲気だとか、足を運んだときの自身の心のありようなどと結びついている。だが、なによりもはっきりと――重く鮮やかな錨のように――記憶に沈んでいるのは、そこでいったい、どんな本をみつけたのか、ということだ。
 高円寺の駅を降りて、すぐのところ、北口に本店と、鉄道の高架下に分店と、球陽書房はふたつの店がある。球陽書房と、すぐ隣り合うような位置関係に都丸書店という古書店も二店舗あり、この四店舗の書架をぶらぶらとみて歩いているだけで、駅前のわずかな距離の半径のなか、あっという間に半日くらいが過ぎてしまう。
 学生時代、高円寺の駅を降りて、まずはじめに立ち寄っていた店が、たいていは高架下の球陽書房だった。必ずしも目指してゆくわけではない。だが、足の向くまま、ぶらりと歩いてゆくと、いつも必ず目の前を通ってしまう立地に、……そして、どうしても素通りできない感じの店構えで、球陽書房はちいさな店を開けていた。
 その名が示すとおり、球陽書房は沖縄から東京に出てきたひとがはじめた老舗古書店で、一般の古書だけでなく、沖縄関係の古書がまとめて置かれた棚が、店の奥まった場所にあった。あるとき、ぼくはそのことに気づき、この店に立ち寄ると、その沖縄の古書が並べられた棚を、他の棚をみるときとは違った真剣さで必ずみるようになった。
 後になって、沖縄に出かけてみてわかったことだが、沖縄は日本全国のなかでも一、二を争うくらい、出版活動の盛んな土地である。あの、海を流れる龍の背にも似た、しなやかで細長い陸(おか)のうえに、いったいどれだけの数の出版社があるのか。とにかく、沖縄の書店には、県内で出版された本が大変な点数、ずらりと並べられていて、ぼくはそのことに驚いた。
 そうした本の多くは、残念ながら、東京のごくふつうの新刊書店にはあまり並ばない。だから、学生時代のぼくは球陽書房の、奥まった棚に並べられた沖縄の古書をみても、そもそも新刊そのものを知らず、出版社の名も著者の多くもはじめてみるものが多かった。とても新鮮な、とても奇妙な書架にみえた。そこに紛れもなく、沖縄がある、ということを、ぼくは直感的に悟った。その書架の前で、ぼくはいつも長い時間を過ごし、新刊を買うような気持ちで、いろいろな沖縄の古書を買った。


 あるとき、いつものようにぶらりと高円寺で降りて、球陽書房の、その書架を眺めていたぼくは一冊の本に愕然とした。そして、その古書を手に取った。やはり沖縄で刊行されたもので、一九一一年生まれの山城善光というひとが著した「不思議な火をともす怪奇動物 ブナガヤ(きじむなあ) 実在証言集」という本であった。発売元は那覇市牧志の球陽堂書房、発行所と著者の住所がおなじなので、著者みずからが発行元となるのであろうか。
 手にとった瞬間に、その本を買うことを、ぼくは決めていた。ぼくに買われることを、その本が望んでいるようにすらみえた。それでも、しばらく食い入るように、ぼくは球陽書房の奥まった書架の前で、その本をぱらぱらとみていった。“きじむなあ”が沖縄を代表する妖怪であり、おなじように日本の水辺を代表する妖怪のひとつである河童とあるところで類似し、あるところで相違する、ということを、ぼくはすでに知っていた。だが、“河童実在証言集”などという本は、ぼくはみたことがなかった。ところが、“きじむなあ”の実在証言集は、こうして活字にされて、沖縄で出版されていたのだ。
 金儲けのためだけにつくられる“幽霊をみた”という類いの本の、胡散臭さを――どうしようもない退屈さ、つまらなさを――ぼくは嫌というほど知っていた。直感したとおり、この沖縄の本は、そうした本ではなかった。ブナガヤ(きじむなあ)が実在する、という一点から、その目撃談を住所、氏名、顔写真入りで――その多くが沖縄の山懐に暮らすお年寄りである――これでもかと紹介してゆく。その語り口も、それを記録する文章も、とてもいい。そうやって多くのひとたちが、自身がみたブナガヤについて語ってゆくのだが、その語りのなかで、沖縄という島のブナガヤを巡る、不思議な位相が露(あらわ)になってくる。とにもかくにも、沖縄のひとたちは、豊かな自然のなか、ブナガヤとともに、永い間、暮らしてきた――日本各地の水辺で、多くのひとたちが河童とともに暮らしてきたように。そうやって、妖怪と自然をわけあって、共存してきた――ということが、疑いもなく、はっきりとわかる。そこでは、実在うんぬんという議論は、もうどうでもよくなる。


 この本と出会ってから、ずっと後、ぼく自身、この本の著者のように、妖怪についての物語を求めて、アジア各地を旅することになる。学生時代の、この時点では、そんなことになろうとは、まったく想像できないことだった。だが、ぼくは中央線沿線が大好きで、高円寺の球陽書房が大好きで、その古書店には、沖縄に開かれた書架があった。そこには、ほんものの沖縄があった。そこで、ぼくはほんものの、ブナガヤ(きじむなあ)と出会ったのである。……そんなことが、東京のちいさな古書店の奥で、日々、起きているのだ。