旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

ライデン、オランダ

h_major2008-07-11

 誰だって、はじめてでかけた外国の風景、そこで起こった出来事は忘れない。ぼくの場合、それはオランダだった。
 ぼくはまだ二十代のはじめで、ある月刊誌の新米編集者として働いていた。その雑誌の仕事での、突然の海外出張だった。当然ながら、オランダについて特別な知識があったわけではなく、ただひとつ、アムステルダムにあるコンセルトヘボウという劇場のオーケストラのレコードを十代半ばのころから聴いていた他には、これといった思い入れもなかった。
 真冬だったこともあり、ヨーロッパの冬は寒いのだろうなと思い込んで、それまで身につけたこともない厚手のコートを一着、買い込んだ。そんな出張準備を進めながら、“フランダースの犬”に出てくる風車がある情景と、江戸時代の蘭学という言葉がちらりと頭をかすめた。
 宿はライデンという、大学のある古くてちいさな街にあった。そのホテルのすぐ目の前には、糸杉のささやかな木立ちがあった。そのホテルにチェックインしたのは、早朝のことだった。
 ぼくは時差惚けの残る頭で、遂にオランダに着いたんだと感じながら、ぼおっとして、冬の木立ちをみあげた。仄かで淡い、早朝の光が、糸杉の枝越しに輝いていた。日本ではない土地に立っている、ということが、俄かには信じられず、不思議な気がした。朝日に埋もれるように立っていた糸杉は、それから後、ぼくにとって、ヨーロッパの象徴となった。


……「喋らなければ怠け者」より