旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

作家の“かもめーる”



 筒井康隆氏より、朝日新聞朝刊で7月13日に連載がスタートする小説「聖痕」についての文章が、スイカの切手の日本郵便かもめーる”で届いた。題字と絵は、ご子息の画家、筒井伸輔氏が担当するとのことで、今日、朝日新聞に予告記事が出ている。
 かつては、その場所にしかない、“験されたことのない”感情を揺すられる、新奇な泉であったSFが、あらゆる文芸表現や、映像表現、ときとして音楽表現にまで、ごく当たり前に取り入れられていったように、インターネットと世界との関係についても、眼前の状況がいずれやってくることは、そして、そこからもはや逃げられないことは、あるときから、みんな薄々と感じていたことだろう。だが、それにしても、かくも速い勢いで、その“潮”が世界に満ちてしまうことを、確信をもって“知っていた”だろうか?


 今、懐かしく、憶い出しているのは、1991年の秋におなじ朝日新聞朝刊で連載が始まった、筒井康隆氏の小説「朝のガスパール」である。筒井氏自身も好んで使う喩え、カート・ヴォネガットのいう“炭坑のカナリヤ”のごとく、そのことを確信をもって、あらかじめ“知っていた”作家が、創作した小説である、ということは、21年後の今、読みかえしてみれば、明らかである。
 「朝のガスパール」への道筋には、「文学部唯野教授」(1990年、岩波書店)があり、「教授」の前には「残像に口紅を」(1989年、中央公論社)がある。その後の道筋には「パプリカ」(1993年、中央公論社)がある。どの作品も、それぞれに美しい装丁のハードカバーが書店店頭に並ぶときを待ちかねるように買って、読み耽った。その特別で、聖的ともいえる、すばらしい読書体験を憶いかえしながら、今、はっきりと思うことは、それらの作品すべてが世界に満ちてくる“潮”について、さまざまなかたちで言及し、あるところでは、その潮流に寄り添い、あるところでは、警告を発しようとしていた、ということだ。


 その後の断筆宣言へと至る、筒井康隆氏の危惧は、それひとつではないが、現実のものとなり、まさかジャーナリズムは忘れ去ったのか、と新聞を読みながら、愕然としている。断筆宣言となる最終原稿を含め、「噂の真相」の連載コラムを単行本化した「笑犬樓よりの眺望」(1994年、新潮社)を、筒井康隆氏の断筆中、ぼくは幾度、読みかえしたか知らない。はじめのころは、断筆へと到る、一番近い作家の文章として。やがて後には、書かれている意味内容から遠く離れ、ただ純粋に作家の文章を読む、という快楽のために。


 断筆が解除されて、「噂の真相」の連載コラムが再開したのが、1998年8月。その大変な時期、ぼくは初めての、書き下ろし長編小説「世界の涯ての弓」(1998年、講談社)の原稿ゲラ刷りを、筒井康隆氏に読んでもらった。そして、その新刊ハードカバーの帯に、青二才のぼくの想像を遥かに超えた、すばらしい推薦文を寄せていただいた。その直筆サインの、帯の原稿は、仕事場の壁に掲げてあり、今も創作の源であり、家宝でもある。だから、断筆解除後の連載コラムを集めた「笑犬樓の逆襲」(2004年、新潮社)は、もう二度と出ないと諦めていた続巻が出たわけで、黒地が赤地に変わった装丁からして、とても幸せな、おめでたい感情とともに手に取り、読んだことを鮮明に憶えている。断筆解除後の初の小説集「邪眼鳥」(1997年、新潮社)も、また「わたしのグランパ」(1999年、文藝春秋)も、もう読めないと思っていた筒井康隆氏の小説が読めるという特別な感情とともに、作家の清々しく、新しい、レトリカルな文章を読み耽った。


 そして、朝日新聞の朝刊に筒井康隆氏の小説が戻ってくる。これまで、そうであったように、ぼく自身にとっては、文芸作品を読むことの、特別な体験となることは間違いない。こうして同時代の作家とつながりを持ち、その作家が書いた文章をリアルタイムで読めることの幸せと、快楽と、そして、畏怖を感じている。