読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

サンタ・マリア・デル・フィオーレ

 朝はイタリアの腸詰め、salsiccia(サルシッチャ)を焼く。ソーセージの仲間だが、加熱処理をせず、豚肉の粗ばら切りを生のままで香辛料とともに腸詰めにしたもので、スーパーなら必ず手に入る。しかも、安い。METAで買ったものは、1パック1.32€(158円)。朝食やランチに使えば、たっぷり5〜6人前はある。茹でるよりも、焼いたり、炙ったりするのが、ふつうの調理法で、フライパンで、ただそのまま素焼きする。脂がにじみでて、自然にうまく焼け、香辛料が利いているので、ソースもケチャップも要らず、焼きたてをそのまま食べると、実にうまい。ソーセージを食べているというよりも、肉を食べている食感だ。
 朝食は、このイタリアの腸詰めを中心に据えるため、準コンチネンタル・スタイルで、トスカーナの塩なしパンに、イタリア野菜にトスカーナ風ペコリーノをすりおろしたマヨネーズのサラダと、シチリア産ブラッド・オレンジ。


 アパートからすぐ北のレプッブリカ(共和国)広場を歩くと、復活祭の休暇シーズンだからか、頭に色とりどりの美しい飾り羽を結わえた馬が駆ける、移動遊園地のメリーゴーランドが回っている。
 そのまま、広場を北に抜け、サンタ・マリア・デル・フィオーレ(Santa Maria del Fiore / Santa Mariaは「聖母マリア」、 del Fiore は 「花の」で、「花の聖母マリア教会」)へと歩く。美しい教会の名だが、フィレンツェの都市のランドマークとなっているドゥオーモ、カンパニーレ・ディ・ジョットを擁し、このエリアのカトリック教区の中心となっている、司教座大聖堂だ。


 宗教とは、つまるところ、人知を越えた奇跡を勇気をもって認める行為だ、とぼくは思う。どのような出来事を奇跡として認めるのか、何を根拠に、どのような手続きで、奇跡を認定するのか、に、それぞれの宗教の違いがあらわれる。限りある人間の世界で、自分の力が及ばない奇跡を認める行為には、強い勇気が伴う。意気地なしには、運不運や、偶然の驚きはあっても、奇跡はない。
 サンタ・マリア・デル・フィオーレの大聖堂、そして向かい合い、所属するサン・ジョヴァンニ洗礼堂を、ゆっくり歩き、そのなかにじっと身を沈めていると、ただひとつのことを思う。建築や祭壇の意匠、壁面絵画、天井画、彫刻の、それらすべてが、近現代の表現では“芸術作品”なのだろうが、それらは実はカトリックの彼らが、世界に認めた奇跡をひとつひとつ、具体的な目にみえる形でとどめたものなのだ。大聖堂とは、そうした奇跡がこの世で起き、たった一度、起きた奇跡は永遠に存在すること、をはっきりと認め、その奇跡を伝えるための場所なのだ。そうやって、明確に具体的な形を与えられた奇跡と、世界中からサンタ・マリア・デル・フィオーレへ、フィレンツェの観光名所として訪れるひとたちとの距離は、もちろんひとそれぞれだが、ほんとうは息が届くほど近く、一方では、姿も見えないほど、限りなく遠い。


 夜は、ポンテ・ヴェッキオ(Ponte Vecchio / Ponteは「橋」、Vecchio は「古い、年取った」で、「古い橋」)のすぐ北側にある、聖ステファノ教会で、アントニン・ドヴォルザークの宗教音楽、Stabat Mater(スターバト・マーテル)を聴いた。
 これも、やはり復活祭シーズンの宗教的な脈略を含んだ演奏会なのだろう。Stabat Materは混声合唱全十曲からなる、教会音楽の大曲で、演奏したのはフィレンツェ五月音楽祭(フィレンツェで毎年、春の五月に、オペラを中心に開催される音楽祭)の合唱団。オリジナルの楽曲ではオーケストラ演奏なのだが、この日はピアノの演奏だった。聴衆も、地元フィレンツェの音楽愛好家であり、かつ敬虔なカトリック信者であると感じられるひとたちが中心だった。
 各声部にはソリストもつき、指揮者も、ピアノも、合唱に音楽的に寄り添い、あるところでは強く下支えする、すばらしい演奏だった。合唱とソリストの歌声は、このシーズンに、この教会で、このドヴォルザークの大曲を聴けたことを感謝したくなる名演だった。
 聖書に依拠する曲名タイトルから曲想を伝えられることも幾分かはあると思うので、十曲のタイトルを記してみると、「第一曲 悲しみに沈める聖母は」「第二曲 誰が涙を流さぬ者があろうか」「第三曲 いざ、愛の泉である聖母よ」「第四曲 我が心をして」「第五曲 我が為にかく傷つけられ」「第六曲 我にも汝とともに涙を流させ」「第七曲 処女のうちもっとも輝ける処女」「第八曲 キリストの死に思いを巡らし」「第九曲 焼かれ、焚かれるとはいえ」「第十曲 肉体は死して朽ち果てるとも 」。


 実は演奏会の終盤、不思議なことが起きた。教会内の電灯がちかちかと点滅を繰り返すようになり、「第九曲 焼かれ、焚かれるとはいえ」の演奏途中で、教会全体が真っ暗闇になってしまった。この第九曲はアルトの独唱曲で、アルトのソリストの歌声と、オーケストラを表現するピアノの演奏が暗闇のなかつづいた。明かりがついているとき、ピアニストは譜面台の楽譜を、ソリストは手にした楽譜をみて、演奏していた。
 譜めくりの青年がどこからか探してきた懐中電灯で、ピアノの譜面台の楽譜を、ようやく照らしだすまでに、3、4分はかかったと思う。楽譜にしてみれば、何ペーシにもわたる演奏量である。だが、ピアニストも、ソリストも、突然の闇に耐えた。音楽は中断しなかったのみならず、ふたりとも音楽的な動揺も示さず、演奏はつづけられた。聴衆は、漆黒の闇のなか、演奏されるアルトの歌声と、ピアノの響きに耳を澄ませたのである。ピアノの譜面台が照らし出されて、さらに1、2分が経ったころから、ようやく教会の明かりは少しずつ復旧した。
 終曲の第十曲を演奏し終えたフィレンツェ五月音楽祭の合唱団と、ピアニストに、そして指揮者に、聴衆は割れんばかりの拍手を送った。そして、この夜の演奏会に立ち会ったことの、その意味への、それぞれの思いを胸に秘めて、聴衆は聖ステファノ教会を後にした。