旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

ピサ

 朝起きて、窓を開ける。このアパートの窓は、一番外側に日避け扉、真ん中に分厚い木枠に支えられたガラス扉、そのガラス扉の内側にガラスを覆う板扉、と三重の扉の構造になっている。日避け扉だけが建物の外側に向けて開き、ガラス扉は、板扉を抱えながら、部屋の内側に向けて開く。
 日避け扉は、風をとおす。だから、ガラス扉を内側に開けておけば、光を遮るだけで、通風がなされる。涼しい日には、逆に日避け扉を外に開けて、ガラス扉だけを閉めれば、風は入らず、温かな光だけが部屋に満たされる。夜になって、板扉まで、三重の扉をすべて閉めれば、外界は完全に遮断される。そうやって部屋にもたらされる機密性と安心感は、ふつうの窓やカーテンの比ではない。門を閉めて、外界から守られる建物の安心感に近いものがある。
 ガラス扉の分厚い木枠には、鉄製の太い芯棒が上下に通っていて、それが窓の下辺で、鋭い鉤(かぎ)とつながっている。鉤はガラス扉をかっちりと壁につなぎとめる。この芯棒と鉤の立体的な操作で、窓はがちゃりと開けられ、がちゃりと閉められる。この部屋では、窓を開ける、ということは、門の閂(かんぬき)を外したり、はめたりすることとおなじで、両手はもちろん、全身の筋肉を使う仕事なのだ。 
 かつて、日本でも朝になって雨戸を開ける作業は、全身を使う仕事だった。ふすまや、障子の開け閉めも、昔の日本人はからだ全体を使って、座ったり、立ったりしながら、正面を向いて、丁寧にやっていた。そして、そのころの雨戸や、ふすまや、障子は、内と外との境界として、その開閉の仕事にみあうだけの働きをしていた。このアパートの窓の開閉は、考えてみれば、扉や、門を開閉することと、ほぼかわらない身体的な力が求められる。そして、その仕事どおりの、扉や、門に負けない働きを、この窓はしている。


 朝、教会の鐘で目覚め、大きく分厚い窓を、全身の筋肉を動かして、がちゃりと開ける。部屋の中に朝の光が入り込む。すると、永い間、忘れていた感覚を、ふと憶いだした気持ちになる。


 行きつけになったスーパーMETAで、目についた食材を買い足す。白玉のような、ちいさめの団子になったモッツァレラ・チーズ。そのままトマトや野菜と合えてサラダにしてもいいし、サラミや生ハムとパンに挟んでもいい。そういえば、建築家となって、イタリアに留学した、高校同窓のオーケストラの後輩(オーボエ奏者。後にイギリスの建築設計事務所で働き、彼の地でチェロに転向する)は、モッツァレラをかまぼこのように、わさび醤油で食べていた、といった。意外だが、わからなくもない。
 ブレザーオラ(bresaola)は、ロンバルディーニ産の塩漬けの牛肉を、赤ワインと香料で熟成させた生ハム。ふつうの生ハムは豚肉でつくるため、牛肉というところがひと味違う。ねっとりとした食感でありながら、豚肉のような脂はなく、さっぱりとした味わい。タッリョリーニ(tagliolini) は幅が細めのタッリャテッレ(tagliatelle) のことで、タッリャテッレとは卵を練り込んだ、きしめんのようなパスタ。スーパーの店頭で、こうした生麺が安く、容易に手に入るのが嬉しい。


 午前中にレプッブリカ広場を抜けて、フィレンツェサンタ・マリア・ノヴェッラ駅(Firenze S.M.N.駅)に出る。サンタ・マリア・ノヴェッラは、駅のすぐ目の前にある教会の名で、サンタ・マリア・デル・フィオーレといい、フィレンツェ聖母マリアへの信仰がうかがえる。
 駅は改札がないヨーロッパのスタイルで、心地よい賑わいだ。切符売り場の窓口は復活祭の休暇を目前に長蛇の列で、自動販売機もやってみたら、ある過程でタッチパネルが作動せず、駅構内のタバッキ(tabacchi / タバコ屋だが、公共的な役割も担っていて、切符や切手等も買える)で、ピサ・チェントラーレ駅(Pisa Centrale / ピサ中央駅)までの切符を買う。ホームの刻印機で切符の端に日時を刻印し(無刻印だと、検札があったとき、多額の罰金を取られる)、奥まった場所にある4番ホームから列車に乗り込む。
 フィレンツェは市街地の中心部をアルノ川が流れているが、そのアルノ川がイタリア半島を西進し、リグリア海に注ぎ込む地点がピサだ。一時間ほど、のんびり列車に揺られると、ピサ・チェントラーレ駅だ。


 15年前もピサにやってきたが、斜塔への立ち入りは、禁止されていた。そして、塔の下の片側一帯に、重しを何重にも載せて、傾斜の拡大阻止に苦闘しているようにみえた。その後、傾斜角度の安定化に成功したようで、あの工事中のような、ものものしい重しは消え、塔の内部も公開されていた。
 その斜塔ばかりが世界中で有名だが、緑の芝生に映える、堂々たる白亜の大聖堂と洗礼堂が、ぼくは好きだ。ピサ大聖堂のドゥオ−モのなかの巨きな壁画や天井画は、フィレンツェとはまったく違うたたずまいで、味わい深い。事実関係に争いがあるようだが、地動説を唱えたガリレオのランプとされる黒いブロンズのシャンデリアが、今も大聖堂の天井からさがっている。
 大聖堂のすぐ隣には、白亜のカンポサント(camposanto / 墓所、共同墓地)がそびえている。第二次世界大戦で天井も、床も、破壊されて、修復を重ねてきた遺跡だが、大聖堂と並びたつ巨大建築で、この白亜の墓所を歩くと、ドゥオーモの内側にカトリックの奇跡が刻まれてきたように、この白くて長い廻廊に彼らの死のイメージが刻まれてきた、と強く感じる。それは静かで、奥深く、豊かな空間、とともにある。