旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

パスクア

 朝、聞き覚えのある太鼓のロールが遠くから聞こえてくる。アパートの窓をがちゃりと開けると、待ちに待ったこの日を祝うように、昨夜のパレードから勢いも陣容も増して、メディチ家の紋章旗を振り、太鼓を叩き、大勢のひとたちがパレードしている。パスクア(Pasqua / 復活祭)の朝が、やってきた! 急いでアパートから通りに降りて行くと、道化も、お姫様も、まさに「ブォナ パスクア!」(Buona Pasqua! / 復活祭、おめでとう!)と、通り過ぎてゆく。
 復活祭はいうまでもなく、キリストが十字架にかけられて死んだ、その三日後に復活したことを祝う、キリスト教の重要な典礼だ。一方で、長い冬が明け、春の訪れを祝う、季節の節目の祝祭とも重なっている。その日曜日をイタリアではパスクアといい、それぞれの土地の教会のお祝い行事がイタリア全土にテレビ中継されるが、フィレンツェのパスクアはなかでも一、二を争う、盛大な人気ある催しとなっている。
 午前十時過ぎ、ドゥオ−モ広場のサンタ・マリア・デル・フィオーレの正面前に、これはもう山車としかいいようのない、京都の祇園祭の山車のような背の高い建造物ががらがらと引き出されてきた。祝祭を彩る、お祭りの山車は、実は世界各地にあり、共通するところが多い。お祭りが盛大になればなるほど、山車の背は高くなり、大きくなる。どこでもその山車を大切に保管し、年にわずかな日数の祝祭のとき、引き出してきて、あるいは毎年、あらたに時間をかけて製作し、お祝いの目にみえる主役となる。
 山車が教会の前にやってきてから、フィレンツェの街中をパレードしていた大勢のひとたちが、徐々にサンタ・マリア・デル・フィオーレに集結してくる。近づいてくる行進のドラムロールを耳にしていると、ほんとうに今、自分が中世の街角に立っているような気分になり、かけがえのない味方の隊列の勇ましい、ときの太鼓が、少しずつ身に近づいてくるのを耳にするようで、心が躍り、勇気づけられる。広場に向けた扉が開けられたサンタ・マリア・デル・フィオーレでは、パスクアのお祈りがつづき、パイプ・オルガンの演奏と、ソリストの歌唱がつづけられている。
 山車は、教会前に停止してから、はじめから爆竹が巻き付いている身の上に、さらに幾重にも花火や爆竹が、まるで舞踏会のドレスをまとうように、花火師の手によって、丁寧に巻きつけられてゆく。山車のすぐ後ろには消防車が控え、山車の高い場所への、花火のくくりつけには、はしご車のはしごが使われている。一方で、広場脇では、クレーン車のクレーンに据え付けられたテレビ局のカメラが、空中を蛇のように動き回り、山車を映し、教会を映し、広場に集まった群衆を映している。
 午前11時、教会のお祈りは終った。何が起きるのかと、じっと目を凝らしていると、開放された教会の扉のなかから、突如、一羽の白い鳩がロケットのように飛んできて、山車に命中した。そして、ぱちぱちと火花が起きた。火種となった鳩はもちろんつくりもので、教会から山車へと、張り渡されたワイヤーを伝って、山車に突入したのだった。
 たちまち山車は、その身に巻き付けた爆竹を鳴らし、花火を打ち上げはじめた。耳を塞ぐよりも先に、もの凄い破裂音が広場に轟き、たちまち煙がもうもうと立ち上がった。日常ではあり得ない爆発と煙であり、ただ驚き、茫然として、広場をみつめるしかない。爆竹と花火は一定の美学というか、序列をもって、次から次へと、終りなく、鳴りわたる。その耳をつんざく轟音を耳にし、視界を奪う煙に巻かれているうちに、ぼくはキリストが死者のなかから復活した宗教上の奇跡が、まさに今、ここに、……このサンタ・マリア・デル・フィオーレの広場に再現されていること、……そして、待ちに待った春の訪れが広場に集ったひとたちの目の前で、テレビをみているイタリア全土のひとたちの心のなかで、祝祭されていることをはっきりと感じた。
 永遠と一瞬は、実は似ている。どちらも価値ある、かけがえのない現実だ。人間には決して届くことのない、ある視座からみれば、そのふたつは、ほんとうはおなじものなのかもしれない。それらの手がかりや痕跡を世界に見つけ、その輝きに畏れや憧れを抱いた人間が、その気持ちを忘れないように、人の手で似たものを再現しようとするのが、お祭りなのかもしれない。
 フィレンツェの、この祝祭はスコッピオ・デル・カッロ( sccoppio del carro / sccopioは爆発、carroは馬車、牛車、貨車。このフィレンツェの山車は、爆発の前後、牛に引かれて、街を引き回されるので、“山車あるいは牛車の爆発”)と呼ばれる。すさまじい爆発が鎮まった後、やがて山車は四頭の白い牛に引かれて、がらがと広場を去って行った。途中、その奇跡の名残を街に伝えるようにして、レプッブリカ広場の門を通り抜けてゆくのが、遠くみえた。(2013年3月31日 フィレンツェ