旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

クアラルンプール国際空港

 マラッカを初めて旅したのは、1992年のことだ。だから、22年前のことになる。マラッカだけでなく、クアラルンプールも、ジョホールバルも、ペナンも、シンガポールも、マレー半島には、90年代初めから、繰り返し好んで出かけた。ぼくにとっては、世界のなかでも、親しい土地のひとつだ。
 かつてクラウン・コロニー(英国直轄植民地)であった、香港の九龍半島にあって、九龍城のビルすれすれに飛行機がアプローチする、あの啓徳空港が姿を消してしまったように、ほぼときを同じくして、クアラルンプールの空港も変わってしまった。あのころ、ぼくが降り立っていたクアラルンプールの国際空港は、今ではプロペラ機の地方便が発着する、ローカル空港になってしまった。新しい空港は、別な土地に、まったく別な姿で建設され、晴れやかな国際空港の名を、そのまま引き継いでいる。
 上海の浦東国際空港から、速度表示が燦然と客室で輝くリニアモーターカーが、上海市街地へと運んでくれるように、クアラルンプールの国際空港も、スマートな空港専用高速鉄道がKL (クアラルンプール)市街地へと連れていってくれる。そして、KLに着けば、今では当たり前のように、市内交通の電車やモノレールが、3タイプも走っている。だが、あのころは、ひとつもなかった。そう。埃だらけの大きなバスと、乗り合いのミニバスと、タクシーだけだった。列車といえば、20世紀初頭のスタイルで、マレー半島シンガポールまで縦断するマレー鉄道しかなかった。
 マレー鉄道では行きづらいマラッカへは、クアラルンプールから乗り合いのちいさなバスか、大きな長距離路線バスで、半日ほど揺られて、のんびりと出かけたものだった。だが、新しい国際空港では、遠方へのチャーターを待つメルセデス・ベンツが並び、その高性能のエンジンにものをいわせて、整備されたハイウェイを素っ飛ばし、わずか2時間ほどでマラッカに着く。