旋律的 林巧公式ブログ

旅とおばけと音楽と、小説とごちそうと物語について。

おおあたり

                               
「退屈ねえ。なんか面白い遊びない?」
 あたしは夜更けのファミレスで、あけみとお喋りしてた。ドリンク・バーのジュースも、紅茶ももう飲み飽きて、かといって盛り上がる話題もない。
「そうねえ……」
 あけみの表情が変わった。
「そうそう。最近、流行ってる〝おおあたり〟って知ってる?」
 あたしは首をかしげた。
「オ・オ・ア・タ・リ ?」
「うん。スマホの裏サイトというか、裏アドレス」
 あけみは財布のなかを探りはじめた。やがて、もう何人もの手を渡ってきたようにみえる、ぼろぼろになった、アドレスの走り書きメモをみつけ、あたしにみせてくれた。
「なに? モニターかプレゼントの応募代行業?」
「まさか。自分の顔写真を撮ってね、ここに送るのよ。それだけ」
 あたしはぽかんとした。
「どこが面白いのよ」
「そうしたら、いよいよ三日後に死ぬってときに〝おおあたり〟って件名でね、自分の死に顔が送られてくるんだって」
 あたしはびっくりして大声をあげた。
「なに、それ!」
「それがさあ、人気があるのよ。バスケ部にお姉ちゃんが雑誌の売れっ子モデルって後輩がいてね、その子から回ってきた話なんだけど、モデルや芸能人はみんなやってるんだって」
 あたしは驚いた。
「ほんと?」
「ほんとよ」
 あけみは自慢げにいった。
「バスケ部は、みんな送っちゃったわ」
「ええ! ……あけみも?」
「うん」
 あけみはうなずいた。
「しばらく迷ってたんだけどね。三日前、クラスの子と一緒に送っちゃった。すっきり、するわよ」
「やだあ! 本気?」
「どうして? どこかの教会が慈善事業でやってるって噂もあるくらいよ。だって〝おおあたり〟が送られてこない限り、死なないわけじゃない。だから、〝おおあたり〟をひとつも出さないで、みんなに幸せな毎日を与えてるって」
「でも、もし送られてきたら……」
「やってみたら、わかるわよ。そう思うだけでね、ちょっとどきどきして、退屈な毎日が面白くなってくるの」
 あけみのスマホが鳴った。あけみの表情がぱっと明るくなった。つきあっているサッカー部のカレからの電話だった。あけみは電話に出ると、嬉しそうな声で話しはじめ、あたしに目配せすると、すぐに席を外した。

       *
 
 テーブルにひとり残されたあたしは、ぼろぼろのアドレスのメモをしばらくぼんやりと眺めていた。
 ふいに面白いことを思いついた。
〝あいつの写真があった!〟
 いつか絶対、呪いをかけてやると心に決めて、まだスマホに保存したままの、あたしの大事なカレを奪った同級生の女の写真があったことを憶いだした。あたしはその憎らしい女の顔写真を、メモ書きのアドレスへ、速攻で送ってやった。

       *

 あけみがテーブルに帰ってきた。
「あ、それからね、〝おおあたり〟じゃ、呪いはできないから。送るのは、自分の顔じゃなきゃ、ダメみたいよ」
「ダメって?」
「そこのところ、私はよくわからないんだけどね。呪いってさ、凄いエネルギーで、他人の不幸を呼び込もうってことでしょ。そうするとさ、呪いをかけるほうの人間がもともともって生まれた、運のバランスががらがらと崩れちゃうみたい」
「え?」
「だからね、あいつの死に顔をみたいなんて気持ちで、他人の顔写真を〝おおあたり〟に送っちゃうと、その送った人間に、あっという間に〝おおあたり〟が出ちゃうのよ。それがもとの顔写真がないから、顔のかたちもわからない、ぐちゃぐちゃな、ひどい死体なんだって……」
 あけみがまだ喋り終わらないうちに、あたしのスマホがメールの着信を知らせてきた。